6-15

「片付けさえなかったら毎日でもいいんだけどなぁ」

「さすがに毎日じゃ飽きるだろ。たまにだからいいんじゃないか、こういうのは」

 中庭を照らすライトを頼りに、バーベキューセットやテーブルを翔太と二人で片付けていた。

 片づけがなければと思う気持ちはわかるが、こういうのも込みでアウトドアという気もする。

 中庭に残っているのは、俺と翔太の二人だけだ。

 悠里やアンジェを始めとする子供たちは、男子用と女子用にわかれて風呂に入っている。

 女子の中には小学校に入る前の子もいるため、悠里がいつも一緒に入っているらしい。

 アンジェはまぁ、おまけだろう。

「これで全部だな。倉庫の鍵は?」

「持ってる」

 施錠は翔太に任せ、背中を伸ばす。

 さすがに体力を消耗しすぎて疲れた。

 それでも、心地よい疲労感というのは久しぶりに味わう感覚だ。

「鍵オッケー」

「なら俺たちも風呂に行くか」

 先に入った子供たちも、そろそろ上がる頃合いだろうし、丁度いい。

 風呂くらいはゆっくり入りたい。

 一人暮らしを始めてからはシャワーばかりだったので、密かに湯舟を楽しみにしていた。

「あ、タカ兄。その、ちょっといい?」

「どうした?」

「実はさ、ちょっと相談っつーか、あってさ」

 翔太の様子に足を止める。

 表情を見るに、あまり知られたくはない相談のように思えた。

 咲江さんや悠里には相談しにくい、という感じだろう。

 自分より年上の男子がいない環境では、俺くらいしか相談できる相手がいない、か。

「なにかあったのか?」

「いや、なんかさ……連休前にさ、あったんだよ」

「なにが?」

「……なんか、女子に告られた」

「…………自慢か?」

「ちげーし。別に俺、そいつと話したこととかもほとんどなくて」

 どうやら、自慢じゃないというのは本当のようだ。

 思春期の男子なら、告られただけでもそれなりに嬉しくなるものだと思う。

 少なくとも、多くの男子はそうじゃないだろうか。

 だが告られたと話す翔太の表情は、渋い。

「断ったのか?」

「返事は、まだ。つーか、スマホで告られただけで、あと休みに入ったし」

「……なにかしらリアクションはしといたほうがいいと思うぞ」

 俺の経験上、女子の連絡を無視して良かった試しがない。

 かなり特殊な環境なのは自分でも認めるところだが。

「でも、あっちからもそれ以降なんもねーし。そもそも連絡先とか、教えてないやつだぜ? わけわかんなくね?」

「それは、ありえる話じゃないか?」

 共通の友人から、好きな相手の連絡先をこっそり教えてもらうとか、なくはない話だと思う。

「まぁ、俺もそこは別にいいんだけどさ。なんだろうな……よくもまぁ、告れるもんだなと思ってさ。一緒に遊んだこともないし、クラスも別なのに」

 翔太は今、中学二年生だったか。

 なら、クラスは違っていても一年は同じ場所で過ごしたはずだ。

 その間になにかきっかけがあったと考えれば、納得はできる。

 ただ、翔太の中で問題になっているのは、違う気がした。

「好きな人でもいるのか?」

「いや、さっぱり。だから友達はさ、付き合ってみればって言うんだよな。実際、告られたから付き合ってるやつとかいるし」

 でも、翔太はそうできない。

 両親の不仲をずっと見続けて今ここにいる翔太には、できない選択なのだろう。

「よく知らないのに、すぐ別れるだけだって思わね?」

「まぁ、かもしれないな」

「だろ? それにさ、好きでもないのにってのは、悪い気もするし」

 それも経験の一つだ、などと言って流せる人もいるだろうが、翔太は違う。

「ホント、ユウ姉はすげーと思う。ああいうのを一途って言うんだろ?」

「俺に訊くな」

「……どう考えても、俺には無理だ」

 想いは覚めるもの、という意識が拭えないのかもしれない。

 しかし、俺にはハードルの高い相談だな。

 恋愛の経験値で言えば、翔太とそう変わらないのだが……。

「タカ兄は、どう?」

「恋愛そのものが悪いとは思ってないよ」

「……タカ兄は好きな人、いるのか?」

「そこは掘り下げるな」

 いろいろと複雑なのだ。

「恋愛に限るわけじゃないけど、大切だって想える誰かがいるのはさ、いいことじゃないか?」

「タカ兄とかユウ姉みたいに?」

「んー、そこはお前次第だからなんともだけど」

「よくわかんね」

「まだそういう出会いがないだけだろ」

「出会いがあれば、わかるのかな?」

 それはわからないと、苦笑して肩を竦める。

 どうなるかなんて、俺にもわからないのだから。

 ただ、アンジェの言葉が頭に浮かんだ。

「いつか、そういう出会いがあるといいな、お前にも」

 今すぐではなく、いつになるかわからないとしても。

 翔太の恋愛観を一変させてしまうような、そんな出会いがあればと心から思う。

「やっぱよくわかんね」

「悪いな、大したこと言えなくて」

「いや、わかんねーってことがわかったから、とりあえずいいや」

 俺の頼りない話でも、翔太なりに答えを出す助けにはなったようだ。

 翔太はすっきりした顔で笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る