6-16

「タカ兄はさ、将来のこととか、悩まなかった?」

「ん、そうだな。あぁ、悩まなかったっていうより、すぐに働いて自立したいってことだけ考えてたから、悩む悩まないって感じでもなかったよ」

 だから正直、将来のことについてアドバイスできるような立場じゃない。

「なにかあるのか、やりたいこと」

「あるっていうか、うん。先生にもまだ言ってないけど、こうなりたいってのはあるんだ」

「中学のうちからそれがあるなら、立派なもんだ」

 そう言われた翔太は、照れくさそうに鼻を掻く。

「タカ兄なら、話しても……いや、タカ兄には聞いて欲しい、かも」

 告られたことを話すよりも、翔太にとっては恥ずかしいようだ。

 将来を語るのは自分の内側を晒すようなものなので、その気持ちはわかる。

「俺でいいなら」

 誰にも話さないと頷き、約束する。

「まず高校行って、バイトして、スマホを新しいやつにする」

 翔太はいきなり指を三本折って数える。

 そのペースで行くと、すぐに指が足りなくなりそうだが……。

「で、大学に行く。どんな勉強したらいいかよくわかんねーから、それはこれから調べるけど。あ、そんときタカ兄にも相談していい?」

「役に立てるかはわからないけどな」

 意外にも先のことまで考えている翔太に、肩を竦めてみせることしかできない。

「で、勉強してどうするんだ?」

「ここ……だけってわけじゃないけど、施設に関わる仕事がしたい」

 思っていたよりもずっと具体的な話で、少し驚く。

 確かにどういう勉強をしていけばいいかは、わかりにくいかもしれない。

 ただ、翔太の意志ははっきりとしているように見える。

「前からさ、考えてたんだ。で、今日改めて思った。あぁ、俺はこういう時間を作れるやつになりたいんだって」

 今度は頭を掻きながら、数十分前の光景に思いを馳せる。

「俺にとってはやっぱさ、特別なんだ、ここ」

 救われた場所だから、と翔太は建物を見上げる。

 俺もつられて、築三十年にはなる施設を見上げた。

「俺がそうしてもらったように、似たような誰かの力になりたいんだ」

「なるほどな」

「施設って限定することもないんだろうけどさ。でも、こういう特別な休みのときとかって、どうしても普通にはできないだろ?」

「まぁ、難しいよな。みんなでどうこうってのは」

 全員、なにかしらの事情を抱えている。

 どれだけ仲が良くても、普通の家族のようにはなれない。

 ましてやこの施設に集まっているのは、他の施設では扱えないとされた子供たちなのだから。

「俺はさ、今日みたいなことを当たり前にやれるようになりたいんだ。やっぱ楽しいもんな、みんなでなんかするって」

 屈託のない翔太の笑顔は、夏の太陽みたいだ。

 無邪気とも純粋とも言える、剥き出しの喜び。

「いいな、それ」

「だろ?」

 頑張れ、などと言う必要もないだろう。

 自分で自分の道を見つけ、歩くことに迷いがない。

 そんな翔太には、そう頷くだけで十分だ。

「立派になったもんだ」

「他のとこも立派になってるぜ。風呂場で見せてやるよ」

「……悪い、気のせいだった」

 男同士でしか言えない馬鹿げた発言に呆れつつも、笑みがこぼれてしまう。

 こんな話ができるとは、思っていなかった。

 おそらくは、翔太もそうだろう。

「でもま、本当に成長したっていうか……中学のときの俺より凄いんじゃないか」

 当時の自分がここにいたとしたら、翔太に頭が上がらなかっただろう。

「なに言ってんだよ。タカ兄がいなきゃ、こんなこと考えなかったって」

「そんなことないだろ」

「あるって」

 照れ隠しでもなんでもない俺の言葉を、翔太はすぐに肯定的な言葉で否定する。

「タカ兄がいて、その次にユウ姉がいた。その下にいるのが俺で……そんな感じで繋がってるから、俺はもっと他のやつらのこと、考えられるようになったんだよ、たぶん」

 首を捻りながら、翔太は頭の中にあるものを言語化する。

 俺を見て育った悠里が、同じように翔太たちの面倒を見ている。

 だから今の自分があるのだと。

 俺にとって、馴染みのある思考だった。

 だからだろう。

 不思議なくらいにあっさりと、胸の中に落ちてきた。

 繋がっていく、優しさという歴史があるのだと。

「だからタカ兄はすげぇんだよ。俺の自慢の兄ちゃんだ」

「やめろよ恥ずかしい」

 冗談でもなんでもなく、本当に恥ずかしい。

「そうとしか言えねーんだもん。で、ユウ姉も自慢の姉ちゃんだ。おっかねーけど、めっちゃ」

「まぁ、俺も怖い」

 俺の場合は、自慢の怖い妹、みたいな感じだろうか?

 本人には絶対に言えないな……。

「俺もさ、今いるやつらとか、これから増えるかもしんねーやつらの、自慢できる兄貴になりてーの。まだ全然だけどな!」

 最後の言葉は照れ隠しでもあり、高い目標へ向けた意志なのだろう。

 そんな翔太は俺にとって、もう自慢の弟だ。

「よし、風呂行こーぜ。自慢の息子を見せてやるからさ」

「本当にお前……お前なぁ」

 ――が、言葉にはしなかった。

 そう言ってやれるのは、まだ先になる。

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