6-13

「踏みにじられた尊厳は、これで取り返す!」

「本当にこれが最後だからな……」

 すでに体力の限界を迎えつつある俺は、先にそう言っておく。

 今俺たちがいるのは、施設内の共有スペースだ。

 一時間以上に及ぶ外での持久戦は、翔太が勝利を収めた。

 子供たちは遊び半分で、追いかけられるだけで楽しそうだったが、翔太だけはガチだった。

 運動部から誘いがあるくらいの身体能力は、さすがだと言わざるを得ない。

 無様に俺が転んだところで、勝負は終わった。

 あくまで一回戦は、だ。

「しゃー! 次は腕相撲トーナメントだ!」

 勝負事で初めて俺に勝った翔太が調子に乗るのは、ある意味当然のことだった。

 順当に勝ち進んだ結果、最後は俺と翔太の戦いになったのも、当然のことだろう。

「この三年、打倒タカ兄を目指して筋トレを続けてきたんだ。絶対に勝つぜ」

「絶対うそだろ、それ」

 その場のノリで言っているのは明らかだったが、体格は確かによくなったと思う。

 あと数年もすれば、俺より大きくなってもおかしくない。

 が、今はまだ違う。

「翔太だっせー! ざっこ! へっぼ!」

 善戦することもなく、一瞬で決着はついた。

 あっさりと敗北して呆然とする翔太に、子供たちは容赦のない罵声を浴びせていた。

 悠里がいたら注意をされただろうが、生憎とまだ不在だった。

「さ、最後の勝負だタカ兄!」

 そう言って翔太が提案したのが、施設にあるゲーム機での対戦だ。

 対戦ゲームで取り戻せる尊厳なんて捨てておけと言いたいが、仕方ない。

 外で遊ぶよりは楽なので、これで気が済むなら付き合おう。

「まだこれで遊んでたんだな」

「当たり前だって。ここでは現役なんだぜ」

 俺がまだ施設にいる頃からあるゲーム機は、現行のものより二世代は前の物になる。

 最新のゲームに比べたら見劣りするが、面白さは別だろう。

「今日こそ勝つぜ。タカ兄の連勝記録もここまでだからな」

「ブランクのあるやつに勝って満足なのか?」

「勝ちは勝ち! 勝ち逃げはさせねー!」

「勝負がしたいなら悠里に頼めよ」

「それは嫌だ。怖い」

 翔太にとって悠里は、挑むことすら許されない相手のようだ。

 その意見には賛同するが、それでいいのかと言いたくなる。

「よーく見てろよお前ら。俺のカッコいいとこ」

「さっさと始めろよ。てか俺にもやらせろー!」

 尊厳がどうこう以前に、翔太は舐められすぎているのではないだろうか。

 応援とは程遠い歓声の中、俺と翔太の勝負が始まる。

 選ばれたソフトは、レースゲームだ。

 デフォルメされたキャラクターとカートで、攻撃アイテムなんかもある有名なソフト。

「言っとくが、ショートカットはなしだぞ。男の勝負なんだから」

「……マジ?」

「当たり前だ」

 翔太が選んだコースを見た俺は、即座に釘を刺した。

 バグ技で勝とうなどという作戦は認められない。

 結果は、あえて語るまでもないだろう。

 真っ向勝負を最初から捨てていた翔太に、勝ち目などあるはずがない。

 久しぶりの操作ということもあって、序盤は競っていたが、勘さえ戻ってくればどうということはなかった。

「でもまぁ、昔よりは上手くなってたんじゃないか」

「最後がなー、アイテムの引きがなー」

「ちゃんと腕を磨けってことだな」

 勝者の余裕ではないが、十分楽しめたので満足だった。

 こんな風に遊ぶのも、何年ぶりか。

 子供たちのプレイを眺めたり、アドバイスをしたりしながら一息つく。

 俺がいた頃よりも、施設に満ちている空気が柔らかく思えた。

 ただそう感じるだけでは、ないと思う。

 きっと今ここに残っている全員が、この空気を作っているのだろう。

 そこに自分がこうしていられる事実が、胸の奥をくすぐる。

「あ、ユウ姉だ。おかえりー」

 アンジェに纏わりついていた女の子が、入り口のほうへと駆けて行く。

「ただいま」

 女の子を抱き留めながら、悠里は優しくその頭を撫でる。

 その視線が、喧噪の中心にいる俺とアンジェに向いた。

「もう終わったのか。早かったな」

 夕方より早いシフトだとしても、戻ってくるのはあと三十分くらいしてからだと思っていたのに。

「別に、電車が丁度いいタイミングで来ただけだし」

 電車一本分の短縮とは思えないが、まぁいいか。

 わざわざ深堀する必要も理由もない。

「ははっ、どうせタカ兄が来るからって全力ダッシュしてきただけだろー」

 それがわからないからこそ、翔太はまだ子供なのだろう。

 案の定、無言で悠里に一瞥された翔太は、俺の背後に隠れた。

 翔太が子供たちに尊敬されるのは、まだまだ先になりそうだ。

 悠里は小さく鼻を鳴らすと、そのまま視線を俺に向けてくる。

「先生がそろそろ来てってさ」

「ん? あぁ、そんな時間か」

 いつの間にか、約束の時間になっていたらしい。

「ってことで、遊びはここまでだな」

 次は、夕飯の準備だ。

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