6-11
「アン姉ちゃーーーーん!」
到着と同時に突撃してきた子供たちの波に飲み込まれ、アンジェは中庭へと連れ去られた。
「た、孝也さん、荷物、お願いしまーす」
遠ざかっていくアンジェの声に手を上げて答えながら、あの元気の塊みたいなものが自分に向かなくて良かったと安堵する。
普通に相手をするくらいならいいが、あの勢いに呑まれたらあっという間に息切れしてしまう。
子供たちの相手は慣れているようだし、アンジェに任せてしまおう。
「お帰りなさい」
「今日はお世話になります」
笑顔で出迎えてくれた咲江さんに頭を下げる。
お帰りなさいという言葉は、まだ少しこそばゆい。
「騒がしくなりそうですね」
「大丈夫よ。近所の方々には、あらかじめお話ししてあるから」
「……なら、問題はこっちの体力ですか」
「期待してるから、頑張ってね」
「やれるだけはやってみます」
互いに苦笑しながら、アンジェを囲む子供たちを眺める。
悠里のバイトに合わせて泊まることになったのは、連休最後の二日間だ。
今はまだ昼をすぎた頃で、悠里はバイトに行っている。
夕方には終わるという話だったので、それまでは子供たちの相手をすることになるだろう。
「本当に不思議な子ね、アンジェさんって」
「あれからも顔出したことあるらしいですね」
「えぇ。突然やってきて、あんな風に子供たちの相手をしてくれるの」
子供たちと鬼ごっこに興じるアンジェは、驚くほどその空気に溶け込んでいる。
だがなんだか、独特な気配をまとっているようにも見えた。
「金色の髪がそうさせるのかしらね。ああしていると、天使のように見えるわ」
どうやら、咲江さんも同じような感想を抱いていたらしい。
あの独特な気配や雰囲気は、神々しいものを思わせる。
俺の場合は、普段のアンジェを知っているので、そのギャップに戸惑いもあった。
太陽の光を浴びて煌めく長い髪に、あるはずのない純白の翼を幻視する。
そう言えば、結局女神なのか天使なのか、はっきりしていないな。
まぁ、俺にとってはどちらも似たようなものなので、わざわざ確かめる必要もない。
「アンジェさんって、大学生かしら? それとも、働いてるの?」
「無職です」
「そうなの?」
「はい。まぁ、働かなくても生活できるみたいなので」
下手に嘘をついても仕方がないので、ありのままの事実を伝える。
フォローをする義理も、たぶんない。
「なら、うちで働いてくれないかしら。毎日じゃなくてもいいから、あの子たちの相手をしてもらえると嬉しいわ」
「仕事じゃなくても……というか、頼まなくても勝手に来ると思いますよ」
「そんな気はするんだけど、善意に頼りきりというのも悪いし。どうかしら?」
「いや、そこは俺に訊かれても……」
「お付き合いしてるんじゃないの?」
「してません。咲江さんまでやめてくださいよ」
「……本当に違うの?」
「嘘をつく理由がないでしょう」
どこに行っても、誰に会っても誤解されるな。
仕方ないのかもしれないが、男女が一緒にいるイコール付き合っている、という考えを捨てて欲しい。
「じゃあ、どういう関係なの?」
「普通の知り合いです」
「ずいぶんと事情に詳しそうなのに?」
「たまたま知る機会があっただけで……本当ですよ?」
含みのある笑みを浮かべる咲江さんに、念を押しておく。
が、効果はあまりなさそうだ。
「咲江さん、なんだか近所のおばちゃんみたいに――っ」
深く考えず口にした言葉は、鋭い一撃で途絶える。
脇腹に走った衝撃は、一瞬だった。
「それはそうと、頼んでいた物、買ってきてくれた?」
「……はい。冷蔵庫、入れましょうか」
「そうね。いつまでも立ち話じゃなんだし」
悠里に勝るとも劣らない鉄壁の笑みに、俺は脇腹を押さえながら頷く。
つい口が滑ったとしか言いようがない。完全に俺の失態だった。
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