6-9
「一人で帰らせて良かったの、アンジェさん」
「本人が大丈夫だって言うんだから、問題ない」
たぶん、と心の中で付け加えながら、施設へと続く道を歩く。
以前とは違い、足取りもしっかりしていたので、転んだりはしないはずだ。
「それに、子供じゃないしな」
実年齢は謎だが、人間換算で成人していると言っていたのだから、大人として扱うべきだろう。
「ならあたしは子供ってこと?」
「当たり前だろ」
女子高生がなにを言っているんだ。
子供扱いが不満なのか、悠里は小さく鼻を鳴らした。
「この前は送り迎えして欲しいとか言ってたのに、なんなんだ?」
「それはそれ、これはこれ」
ますます意味がわからなくなったぞ……。
まぁ、過保護すぎるというか、心配しすぎという気がしないでもないが。
アンジェを先に帰らせ、悠里を施設まで送ろうと提案したのは、俺だ。
別に悠里の機嫌を取ろうなどという下心があったわけではない。
ただ、バイト帰りの悠里を見て、少し不安を覚えただけだ。
「バイトの時間、もう少し早いシフトにしてもいいんじゃないか?」
この時間に遭遇したということは、バイトが終わったのは八時頃だろう。
心配するほど遅い時間でもないが、週に何度もあると考えると、やはり気にはなる。
休日のバイトだから悠里は私服なのだろうが、学校がある日は制服で帰っているはずだ。
あの制服姿で夜道をいつも歩いていると考えると、多少は不安を覚える。
これがいわゆる、親心というやつなのかもしれない。
このあたりの治安は決して悪くはないが、だからといって危険がないわけではない。
「あのね、学生が平日にできるバイトなんだから、これくらいの時間になるのは当たり前でしょ。タカ兄だってそうだったじゃん」
「俺とお前じゃいろいろ違うだろ」
主に性別が。
咲江さんだって、きっと心配はしているはずだ。
「でももう一年くらいこんな感じだし。大丈夫だと思うけどなぁ」
「そういう慢心がよくないって話だ」
「慢心って。ちょっとタカ兄、心配しすぎ」
などと言いながら、悠里は頬を緩めて俺の顔を覗き込んでくる。
「もしあたしになにかあったら、どうする?」
「そういう冗談は笑えない」
「あっ、ちょっ、か、髪がグチャグチャになるっ」
素直に心配されない悠里の頭を鷲掴みにして、グリグリと動かしてやる。
「わか、わかったからっ……反省してるから、もういいでしょっ」
ギブアップだとタップしてくる悠里の頭を解放する。
すぐに手櫛で髪を整える悠里は、あまり反省しているようには見えない。
むしろ笑みがこぼれそうなのを、我慢しているように見えた。
「いつからそんな過保護になったわけ?」
「今日からだ」
「なにそれ」
自分でもなんだそれはと思うが、そうとしか言いようがない。
夜に一人で出歩かせるのが不安になるなんて、想像もしていなかった。
アンジェに付き合って飲んだアルコールのせいかもしれない。
「じゃあ、あたしが心配だからデート、切り上げちゃったんだ」
「だからデートじゃない。お前だって友達と飯くらい食うだろ」
「男友達とは食べないけど?」
「……大人になると、あるんだ」
別に大人限定というわけではないだろうが、今はそう言っておく。
他に説明のしようがないのだから、仕方がない。
悠里はそれで納得したのか、それ以上追及してこようとはしなかった。
代わりに、なにかを思いついたように目を細める。
「それじゃあ、大人なタカ兄は残りの連休、なにをしてすごすの?」
「……未定だ」
「なにもなし? あの、三鐘って人と会ったりもしないの?」
「……だったらなんだ?」
「暇ならこっちに顔、出してよ」
悠里が言う『こっち』とは、施設のことだろう。
確かに、連休中なら顔を出すには丁度いい。
「わかった。残りのどこかで顔、出すよ」
ついで咲江さんとも、ちゃんと話しておきたい。
電話でもいいのだろうが、やはり直接言うべきだろう。
これからは、どうやって生きていくつもりなのかを。
「どうせ顔出すなら、一泊くらいしてってね」
「なんで泊まらなきゃいけないんだ」
「泊まれない理由、あるの? ないよね?」
「……そうだけど」
予定がないと言った以上、外泊できない理由などあるわけがない。
上手いこと誘導されてしまった気がする。
「ならいいでしょ。先生もバカ翔太も、他の子も喜ぶだろうし。なんだったら、アンジェさんも連れてきていいからさ」
「なんであいつが出てくる」
「なんかね、子供たちに人気なの。あれからも二回くらい顔出してくれたんだけどさ」
俺の知らないところで、二回も行っていたのか……。
「小さい子が特に懐いてて。いい遊び相手になってくれるって、先生も歓迎してたんだけど。タカ兄、聞いてないの?」
曖昧に頷きながら、頭を掻く。
幸せのサポートだのなんだの言っていたが、これからはもっとこういうことが増えるかもしれないのか。
説得できるとも思えないし、先が思いやられるな。
「不思議な人だよね、いろんな意味で。警戒心を抱かせない気質、みたいなものでもあるのかな?」
「不思議なのは認めるけど、お前は最初、めっちゃ警戒してただろ」
「あれは、だって……」
俺の知り合いとすら思っていなかったのだから、当然か。
知ったあとも、なんだか警戒していたような気はするが。
「とにかく、一緒で……というか、連れてきてくれたほうが喜ぶだろうからさ、どう?」
「……そうだな」
子供たちの相手をしてくれるのなら、それはそれで助かる。
あの施設で警戒されないというのは、ある意味才能とすら言える。
本当に悠里が言うような気質があるかどうかはともかく。
女神なのだから、あり得るのかもしれないと思い、俺は苦笑した。
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