5-3

 とにもかくにも、始まる前から吊り上がっている悠里の眉をどうにかしなければ。

「細かいことは気にするな。それよりも、なんだ……今日はその、いつもと雰囲気が違うな」

「さすがに露骨すぎて咎める気にもなれないんですけど」

「い、いや本当に。意外っていうとあれに聞こえるかもだが、似合ってるんじゃないか、そういう服も」

 話題を変えるためのきっかけではあったが、実際悠里の服装は見慣れないものだった。

 主に三年前のイメージが強くなるが、あの頃の悠里はどちらかと言えばシンプルな服を好んでいたように思う。

 基本的にパンツスタイルばかりで、スカートをはくのは制服のときだけだったはずだ。

「……本当に珍しいな」

 女子高生になってそれらしいファッションに目覚めたのか、今日の悠里はスカートをはいている。

 ヒラヒラとしたものではなく、落ち着いた雰囲気のものではあるが、それでもシルエットは女子そのものだ。

 派手さはなく、上郷悠里という少女の外見にはしっくりくるものだと思う。

 内面を知らなければ、と言葉は続くが。

「あんまジロジロ見ないでよ」

「あぁ、悪い」

 非難するような悠里の声に謝るが、それほど不快に感じているようではなさそうだ。

 単純に見られるのが落ち着かないのかもしれない。

「…………で?」

「……で?」

「それくらい察してよ」

「…………まぁ、似合ってるんじゃないか」

「……ふぅーん」

 感想を求められていたのは間違いなさそうだが、それに対する答えが『ふぅーん』なのか。

 なんともわかりにくい女子高生だな。

「なんか、安心したよ。お前もちゃんと成長してたんだな」

「なに、いきなり」

「いや、昔と違って、オシャレってものに興味が出るくらいになったんだなって」

「……褒められてる気がしない」

「褒めてるって」

 最新のファッションはよくわからないが、それっぽく仕上がっていると本当に思う。

 ただどうにもぎこちないというか、悠里自身が着慣れてない感じはするが。

 なぜか視線をそらして落ち着きのない様子が、そう思わせる。

 それを見せられているこっちも、なぜかソワソワしてしまう。

「……なぁ悠里」

「……なに?」

「後ろに値札、ついてるぞ」

「――えっ、うそっ⁉」

 どうしよう。落ち着かないのを誤魔化すために冗談を言ってみたのだが、悠里の反応は予想外すぎる。

 弾かれたように服の裾を確かめる姿は、図星をついてしまったことをこれでもかと証明していた。

 着慣れていないのも当然だ。

 値札がついたままの可能性があるのなら、悠里はこの服を初めて着たことになる。

 それはつまり、つい最近新調した服ということで。

「……悪い。まぁ、冗談、だったんだけど……ハハッ」

 機嫌を直してもらうどころか、ますます悪化させてしまいそうだ。

「……違うから」

「えっと、なにが?」

「べ、別にこれは、今日のためにとか、そういうんじゃなくて……」

 この反応も予想外だった。

 悠里は怒りを募らせるどころか、僅かに頬を赤らめる。

 それはまるで、浮かれていた気持ちを隠そうとするようで。

「と、とにかく、違うんだから。そこんとこ、誤解……はまぁ、してもしなくても、どっちでもいいけど」

 なにが言いたいのか、今一つ要領を得ない。

 悠里自身、湧き出る感情を処理しきれていないのかもしれない。

「よくわからないけど、別に普通だろ。女子高生なんだから、服くらい買ってもさ」

「それは、そうだけど……」

 もしかしたら、施設の子供たちに後ろめたい気持ちでもあるのだろうか?

 バイトで稼いだ金で買ったのなら、なにも問題はないのに。

「似合ってるからいいじゃないか」

「……ほ、本当に?」

「おう。ファッションには疎いけど、それくらいはわかる。そのまま雑誌に載ってても問題ないくらい似合ってるぞ」

「…………」

 素直に褒めたはずなのに、悠里の頬が一瞬引きつった。

 その顔を見て、なんとなく察してしまった。

 今日のコーディネートは、本当に雑誌を真似たものなのだと。

 どうやら悠里は、それが恥ずかしいらしい。

 別に普通のことだと思うが、そこは女子高生ということで、難しいのかもしれない。

「っていうかお前、もしかして化粧もしてるのか?」

 別の話題を、と考え始めてすぐに気づいた。

「――っ、ちょっ」

 確かめるために少し前に出て、悠里の顔を覗き込む。

 勘違いではなさそうだ。

「へぇ、あの悠里がなぁ」

「ち、近いって……別に、これくらい普通だし」

「まぁ、俺のときもクラスにそういうのはいたけど……」

 比べるのもおこがましいくらい、悠里の化粧はさりげないものだが。

「……文句、ある?」

「なんでそうなる。変じゃないっていうか、まぁ、可愛くなってると思うぞ」

「ふぅーん」

 どうにも素っ気ない感じはあるが、不機嫌になった様子はない。

 むしろ、機嫌は良くなりつつある気がする。

「なるほどなぁ。いや、なんか今日は目力が増してると思ってたんだ」

 単純に機嫌の問題ではなく、さりげない化粧のせいだったのだと理解できた。

 どこかで引っかかっていた疑問が解消され、すっきりした気持ちになる。

「…………最悪」

 が、なぜか悠里の表情が一転して険しくなった。

 山の天気よりも読めない。

「なに、目力が増してるとか。それでも社会人?」

「なんでダメ出しされるんだよ。気づいただけでも凄いと思え」

「えぇそりゃあそうでしょうね。タカ兄に甲斐性がないのも鈍感なのもわかってましたよ」

「そこまで言うか」

「だからってさ、目力って……言っとくけどそれ、今朝のアホ翔太と全く同じだからね」

「…………マジで?」

 本当だと、再び吊り上がった眉と呆れたような視線が物語る。

 俺は、中学生男子と同じレベルなのか……。

「……ま、タカ兄ならそんなもんよね。知ってた」

 もはや怒る気力すら失せたと言わんばかりの悠里の視線が痛い。

「それは、あれだな……人付き合いを避けてきた弊害ってやつだな、うんうん」

 中学生と同レベル扱いされて傷ついた自尊心を、どうにか立て直す。

 そうでもしなければ、今日という日を乗り切れそうになかった。

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