5-2
盛大にやらかしてしまったという自覚はあるが、不可抗力だったとどうか理解して欲しい。
四月後半の晴天は、夏が来たと勘違いしてしまいそうな陽気だ。
待ち合わせ場所へと足早に向かっていることを差し引いても、汗が滲んでくる。
その汗にはもちろん、焦りも含まれていた。
「悪い。待たせた、よな」
集合時間に遅れること十分。
駅前の広場で仁王立ちしている少女は、一目見てわかるほどにムスッとしていた。
「言い残すことはそれだけ?」
「言いたいこと、の間違いだろ」
突き刺すような視線に臆することなく訂正する。
それなりに人通りのある駅前にあって、近寄りがたい雰囲気をこれでもかとまき散らしている少女――上郷悠里に改めて謝罪する。
「待ち合わせの時間も守れないなんて、大した社会人ね」
「悪かったって。でも仕方ないだろ、電車が遅れたんだからさ」
それがなければ、待ち合わせの三分前には到着できていたのだ。
「このクソ暑い中、三十分も待たされたあたしに対して、仕方ないって言うんだ、タカ兄は。ふぅーーーーん」
「暑いなら駅の中とか、コンビニで待つとかすれば良かっただろ。スマホで遅れるって連絡も入れたんだし」
あと、できればクソとかいう言葉を使うのは控えるべきだと思う。女子高生的にも施設の子供に与える影響的にも、よろしくない。
「っていうか待て。三十分も待ったって、早く来すぎだろ」
あまりにも普通に言うから、危うく聞き流してしまうところだった。
「あたし、待ち合わせに遅れるのは好きじゃないんで」
「だとしても早すぎるだろ」
待ち合わせ場所は、悠里が暮らしている施設の最寄り駅なのだから、移動時間は調節しやすい。
仮に五分前に到着するように施設を出ていれば、待つ時間は半分ですんだはずだ。
つまり、暑い中待たされたという怒りの半分は、悠里のミスと言える。
まぁ、そこを指摘しても悠里の機嫌を損ねるだけなのは明白なのだが。
「あたしが何時に来ようと勝手でしょ。問題はタカ兄の気構えなんだから」
「気構えって……電車が遅れなきゃ丁度良く着く予定だったんだぞ」
「別問題。電車が遅れるなんてよくあることなんだから、それくらい想定して早めに来るのが常識ってもんでしょ」
確かに悠里の言う通り、一本早い電車に乗っていれば余裕をもって到着できただろうし、遅刻して悠里の機嫌を損ねることもなかっただろう。
とは言えそれは結果論というもので……。
「悪かったよ、本当に。今度からは一本早めにするから」
それでもやはり、ここは素直に謝るべきだろう。
相手が悠里とは言え、遅れた事実は変わらないのだから。
「……次、ね」
「まだ言い足りないか?」
「当然でしょ。でもま、今回は許してあげなくもない。次遅れたときは、相応のペナルティを受けてもらうけど」
なにが楽しいのか、邪悪とすら思える笑みを悠里は浮かべて見せる。
なんだかもう、始まる前から疲労を感じてしまうな……。
「ちなみに、この前のデートはどうだったの? 遅刻、した?」
いつも以上に鋭さを感じる半眼で言っているのは、灯々希とのことだろう。
あれはデートじゃないと何度も説明したはずなので、あえてこの場で訂正はせず答える。
「してない。あの日は電車が予定通り運行してたからな」
「ふーん。じゃあ、何分前に到着して待ってたわけ?」
「それは……どう、だったかな」
素直に答えそうになったが、危険を察知して回避する。
「待ってたのは確定、と。あとその感じだと、結構早めに到着してたって感じか……三十分くらい前?」
「バカ言うな。そんな早いわけないだろ」
「なら二十分ってとこか」
「…………」
なんなんだこいつは。
無駄すぎる推理力を発揮する悠里に、自分の顔が渋くなるのがわかる。
おかしい。危険を察知して回避したはずなのに……。
「だと思った」
「いや待て。だからどうってこととかはなくてだな」
「あの人とデートするときは早めに行って、あたしのときはギリギリに来るんだ」
「落ち着け。別にそういうわけじゃない」
「落ち着くのはタカ兄のほうじゃないですかねぇ? 汗、すっごいよ?」
「……い、急いできたからだろ、うん」
「一本早い電車にしてたら、そうはならなかったのにねぇ」
ぐうの音も出ない正論で責め立てるのは勘弁して欲しい。
人目もある駅前で、年下の女子高生にマウントを取られている姿は、社会人としてあまりにも情けない。
「そっかそっかぁ。タカ兄はそういう大人になったんだ。ふぅーん」
「そうじゃない。って言うか、そもそも今日はデートじゃないだろ」
だから比べるのがおかしいだろうと、反論を試みる。
「……じゃあ、やっぱりあの人とはデートだったってことじゃん」
「…………」
巧みに誘導されたのか、もしくはただひたすらに俺が間抜けで墓穴を掘ったのか。
事態は好転するどころか、悪化の一途を辿っている。
よく晴れた四月の週末。
前向きになることも向き合うということも、思っていた以上に大変なのだと、俺は実感した。
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