5-4

「本当にここで良かったのか?」

 店内にある飲食スペースで食事をしながら、対面に座っている悠里に尋ねる。

「何度も言わせないでよ。いいって言ってるでしょ」

 特に不満を感じさせない顔で、悠里はそう答える。

 遅れたお詫びも兼ねて、昼食の店選びは悠里に任せた。

 もちろん、代金は俺が持つという条件で。

 これはまぁ、当たり前の話なのでわざわざ条件に加えなくても良かったのだが。

「そうは言うけど、これじゃあ奢る側の立場ってものがな」

 好きに選んで構わないと言われた悠里が向かったのは、駅前から徒歩一分のところにある、ハンバーガーのチェーン店だった。

 チェーン店だからどうということもないのだが、てっきり高い店を選ぶと思っていたこちらとしては、肩透かしを食らったような気分だ。

「だってタカ兄、あんまりお金持ってなさそうだし」

「……間違っちゃいないが、見くびりすぎだろ」

 いくら安めの給料とは言え、一回の高い食事で悲鳴を上げるほどじゃない。

 複雑な心境の俺とは逆に、悠里は楽しげにハンバーガーを頬張る。

「それにさ、あたしこういうとこ、あんまり来ないから」

「まぁ、ファミレスじゃバイト先みたいで落ち着かないかもしれないな」

「そそ。こういう店のほうがね、逆に新鮮味があっていいの」

 俺が注文したナゲットを、さも当然のように悠里は摘んでいった。

「……やっぱりお前、友達いないのか?」

「は? 何人かはいますけど? タカ兄と一緒にしないでくれます?」

「そうか。てっきり、放課後に寄り道する友達がいないのかと思ってな」

 親心的な心配から出た質問なのだから、わざわざ棘をつけて返さないで欲しい。

「友達はいても、放課後は基本バイトが多いから、そんな暇ないし」

「でも毎日じゃないだろ」

「バイトがない日は、あの子たちの面倒みないとでしょ。ただでさえ手のかかるのが多いんだから。ってか、タカ兄もそうだったじゃん」

「それはそうなんだけどな」

 俺も学生時代はそうだったが、悠里は少し事情が違う。

 他人との交流を最低限にしようとしていた俺とは違い、友達もいるのなら少しくらい、そっちを優先してもいいと思う。

「今しかできないことも多いんだからさ、少しは青春、しておけって」

 施設の子供たちの面倒だって、悠里が無理をしなくともなんとかなるようにしてあるものなのだから。

「またそうやって自分ができないことをやらせようとする。タカ兄って昔っからそうだよね」

 俺の助言に感銘を受けるようなことはなく、悠里は澄ました顔で鼻を鳴らす。

 自分のことを棚上げしているのは自覚しているが、もう少しこう、年上に対する言い方があってもいいのではないだろうか。

「安心してよ。ちゃんと友達くらいいるから。タカ兄と違って」

「なによりだ」

 冗談めかして目を細める悠里に、苦笑いしつつ答える。

 悠里にとってどんな存在かはわからないが、友達だとはっきり言える相手がいるのはいいことだ。

 たとえ少数だとしても、いるかいないかで大違いになる。

 俺にとってはそれが、三鐘灯々希だった。

「変な顔してる。なに?」

「……なんでもない。それより、学校はどうなんだ?」

「どうって言われても……普通」

「そうじゃなくてだな。あるだろ、こんなことがあった、とか」

「女子高生の生態に興味あり、なんだ」

「言い方がおかしいと思うが、間違いじゃあない」

 こういうときに動揺をみせるとろくなことにならないので、軽く突っ込むだけで流しておく。

「ま、あったと言えばあったかな。一個下の面白い子と仲良くなった、とか」

「……他には、ないのか?」

 誰の話かは明白なので、そこも流す。見えている地雷だ。

「あとは、うちのクラスに転入生がきた。今週。女の子」

「こんな時期にか。半端だな」

「なんかね、保護者の気まぐれがどうとか言ってた」

「気まぐれって……仲良くなったのか?」

「まぁ、隣の席だし。向こうからよく話しかけてくるから、自然と」

 よほど押しが強い子なのだろうか。

 転入生のことを話す悠里は、嬉しさ半分、戸惑い半分といった様子だ。

「たった数日で仲良くなるなんて、お前にしては珍しいな」

「自分でも少し驚いてる。なんていうか、不思議な感じの子でさ」

 空になった飲み物の氷をかき回しながら、悠里は思い出すように窓の外を眺める。

「あたしが施設の子って知らなかったからかもだけど、初対面であそこまで気兼ねなく話しかけられるのって初めてだった」

 確かにそれは珍しいことかもしれない。

「施設のことを知ったあとでも、だからなにって感じだったし。あの子もさ、なんか事情あるのかもね」

「そうなのか?」

「確かめたわけじゃないけどね。ほら、さっきも言ったでしょ。保護者の都合でって。親じゃなくて、保護者って言い方が、ね」

「……なるほどな」

 言われてみれば、言葉の選び方に含みを感じる。

 が、それよりも俺は、悠里の察しの良さが怖い。本当に怖い。

 いつか決定的ななにかを握られてしまいそうな、そんな末恐ろしさがある。

「ま、悪い子じゃないと思う。変わってるけどね」

 そう言って肩を竦め、悠里は笑みをこぼす。

 その変わった友人との関係は、満更でもなさそうだ。

「ただ、アドバイスの方向性は……」

「アドバイス?」

「あー、なんでもない。タカ兄には関係ないから」

「そうか」

 悠里がそう言うのなら、追及はしないほうがいい。

 スカートの裾を気にしている悠里を眺めつつ、残ったソフトドリンクを飲み干す。

 学校では浮いた存在だという話だったが、悠里なりに充実はしているようで、なによりだと思った。

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