4-5

 今にも降り出しそうな気配にうんざりする。

 思い直して部屋に戻ってもよさそうなくらいだが、残念ながらそう考えられない自分がいた。

 正直、当てなんてこれっぽっちもない。

 アンジェの正体すら知らないのだから、当然だ。

「本当に女神だったら、今頃……」

 地上にいるのかすら怪しいところだ。

 まぁ、あんな話が本当だとは今でも思っていないのだが。

 それでも動いている電車の中で、アンジェは姿を消してみせた。

 俺の妄想でなければ、ありえないことだ。

 女神なら可能なのかという疑問は残るが、どちらにせよありえないことが起こった。

「無茶苦茶なのは、言動だけじゃなかったな」

 現れ方も非常識で、去り方はさらに非常識極まりない。

「さすがにここにはいないよな」

 まずは近場のコインランドリーを覗いてみるが、結果は予想通り。

 こんな近くにいたら拍子抜けしてしまう。

 あの非常識さならあり得るかもと思えるのが、また厄介だ。

 さっさと気持ちをきりかえて、商店街のほうへ向かう。

「やっぱ、安いやつでもスマホは持たせるべきだったか」

 そうすればすぐに連絡もできたと、今更ながらに後悔する。

 他に頼れる人はいないという言葉を、過信していたのかもしれない。

 どうせ最後には戻ってくると。

 連絡する手段がない以上、こうして走り回るしかなくなっている。

 アパートに帰れば、お帰りなさいと出迎えてくれる居候。

 もしくは、勝手についてきては俺の人生に介入してくる厄介者。

 半月にも満たない間だけ続いたその光景を、俺は受け入れていたのだと自覚する。

 必要ないと思いながらも、どこかで甘えていたのだろうか。

「ったく、なんなんだよ」

 自分自身の感情すらよくわからず、頭を掻きむしる。

 まるで責めるように降り始めた雨に、舌打ちをする。

 商店街をさまよいながら、アンジェが興味を示していた店頭を覗いてみるが、やはりいない。

 そんなところで見つけたら、別の意味で腹が立ちそうなので、良かったのかもしれない。

 夜に浴びる雨は、さすがに冷たい。

 明日も仕事があるのに、なにをやってるんだ。

 こんなことで風邪でも引いたら、馬鹿らしくて笑えない。

 いるかどうかもわからない相手を、当てもなく探し回って。

 もし見つけたとして、どうしたいのかも、あまりわかっていない。

 ただ勝手に消えたことが、腹立たしい。

 文句の一つも言ってやらないと気が済まない。

 それだけの感情で、飛び出してきてしまった。

「そう言えば、カードも持っていかれたままだな」

 どこかと連絡が取れたら、ちゃんと返還するとか言っていたが、結局はまだなにもない。

 金銭的な損害はこの際、気にならない。

 最初から返ってくるとは思わないことにしていたのだから、別にいい。

 他人に金を貸すのなら、そう思わなければやっていられない。

 そういう意味でも、俺が怒りを覚えているのはただ一点。

 勝手に押しかけてきて、勝手にいなくなったことに対してだけだ。

 もはや意地のようなもので、当てもなく走り回る。

 もちろん、やみくもに探してみつかるわけもない。

 公園で野宿、などと考えてもみたが、そんな強い生き方ができるタイプではないと思い出した。

 結局、見事に空回りをし続けて、俺はアパートに戻ってきた。

 明かりが漏れていて一瞬ハッとしたが、自分がつけっぱなしで出てきただけだ。

「…………ま、だよな」

 それでも、と僅かな期待を抱いたまま部屋に戻ってみたが、アンジェの姿はなかった。

 ただその代わりに、あるものが俺の視界に入った。

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