3-16

「んー、それで? あの、アンジェっていう子とは、どんな関係?」

 上着を脱いだ灯々希は、テーブルに半ば寄りかかりながら唐突に尋ねてきた。

 まぁ、いつかは出てくる質問だと思っていたが。

「どんなもなにもない。ちょっと理由があって……それだけだ」

 付きまとわれている、と出かかった言葉をアルコールで押し流す。

「カノジョじゃないんだ」

「違う。それだけは間違いない」

 数少ない真実を言っているのだが、灯々希は信じていないようだ。

「そのわりに、あの子は凄く、桜葉君のこと、気にかけてるみたい、だったけどなぁ」

 それなりに彼女も酔いが回っているのか、言葉が若干たどたどしくなっていた。

 絡み酒の類じゃなければいいのだが……。

 というか、今の話に違和感を覚えた。

 まるで、そう……アンジェと話をしたことがあるような。

「あいつ……アンジェと会ったのなんて、あの日くらいだろ。どうしてそう思うんだ?」

「えぇ? 違うよ。この前、会いに来てくれて……ちょっと、お話ししたから」

 衝撃の事実を、なんでもないことのように灯々希は話す。

「会いにって、あの日じゃなくて?」

「うん、別の日に、一人で来て。驚いたし、時間もあんまりなかったから、少ししか話せなかったけど……話題の中心は、桜葉君だったよ」

 身体を起こした灯々希は、そう言いながら胸の奥を探るように見つめてくる。

「だからね、やっぱりカノジョなのかなって思って……だから、ね? 桜葉君と、飲んでみたいなって、思ったの」

 つまり、灯々希が連絡してくる前にアンジェは、会いに行っていたのか。

 あいつ、そんな素振りはまったくなかったのに。

 確かに日中は洗濯や掃除をしたら、時間は余りあるくらいだろうけど。

 そう考えると、会いに行っていた相手が灯々希だけとは限らない。

 いや、悠里にも、そしてもしかしたら音羽ちゃんにも、会いに行ったりしていたのかもしれない。

 アンジェの目的とそれが、どこまで関係あるかはわからないが……。

「ねぇ、本当の本当に、違うの?」

「あぁ、そこは、本当だ」

「じゃあ、他に付き合ってる人も? っていうか、あのころからずっと、誰とも?」

「……当然だろ」

 特定の誰かと親密になるなんて、俺が絶対にしないことだと、灯々希だって知っているはずだ。

 それでも確かめたがるのは、アンジェの件があるからか。

「じゃあ、今も……誰ともお付き合い、したことないんだ」

「そうだよ童貞だよ。笑いたければ笑っていいぞ」

 最初から無理だと割り切っているから、馬鹿にされてもなんとも思わない。

 大切な誰かを不幸にするくらいなら、童貞のままでいい。

「……そっか」

 だが灯々希は、俺が想像していたものとは真逆の表情を浮かべた。

 哀しげで、寂しげで……。

 なにかを悟ったような、弱々しい目で俺を見る。

「あの頃と、一緒なんだ」

「……あぁ。ずっと、そうだ」

 俺の考えが変わることはないと、静かに肯定する。

「んー、そっかぁ。それでいいのかー」

 納得したからなのか、灯々希は椅子に背中を預けて、足をブラブラさせる。

「おい、酔ってるのか?」

「普通、かな?」

「だったら蹴るな。足、当たってる」

 テーブルの下で、灯々希のつま先が何度も脛に当たっている。

 痛くはないが、気にはなる。

「それくらい、我慢するのが男ってものじゃあ、ないですか?」

「意味がわからん。やっぱり酔ってるだろ」

 トロンとしつつある目尻にあわせて、知能指数が下がっているように見える。

「だって、真顔で寂しいこと言うからさ。なんか、蹴りたくなる。えい」

「今の、完全にわざとだろ」

 気が抜けるような掛け声があったぞ。

 俺の考えが気に入らないのか、それとも溜まっていた鬱憤がアルコールで解放されつつあるのか。

 どちらも正解な気がしてくる。

「お酒、飲も……すみませーん」

「そのくらいにしておいたほうがいいんじゃないか?」

「まだ平気。ストレス発散するには、まだ足りない」

「……わかった。いくらでも聞くから、ほどほどにしろ」

「言いたいこと、言ってもいいの?」

「いい。俺が聞く」

 そのために今日は付き合っているも同然なんだ。今更すぎる。

「よし。じゃあ、その前にもう一杯」

 まるで景気づけだとでも言うように、灯々希は酒を注文する。

 自分もこれくらい酔ってしまえば気楽なのだろうかと、ため息をつきながら思ってしまった。

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