3-15

 数ある店の中から灯々希が選んだのは、歴史のありそうな居酒屋だった。

 お互いに最初はビールを注文し、軽くメニューに目を通す。

「良かったのか、居酒屋で」

「うん。似たようなお店を見ておくのも勉強になるし」

「まぁ、そうなのかもな」

「雰囲気のあるバーでも良かったけど、桜葉君はそういうお店、居心地が悪いかなって」

「……間違っちゃいない、かな」

 そういう感じの店に連れていかれたことはある。もちろん、会社の人たちに。

 雰囲気のあるバーではなく、女性が接客してくれるタイプの店だが。

「だと思った。居酒屋とかのほうが、桜葉君も楽そうだし、私も楽しく話せる」

 その判断は、正しい気がした。

 灯々希にとっては勉強もできて、一石二鳥といったところだろう。

「それじゃあ改めて、かんぱーい」

「乾杯」

 運ばれてきたジョッキを軽く合わせ、冷えたビールを流し込む。

 豪快にいくのかと思いきや、灯々希は控えめに口をつける。

 どちらがイメージ通りかと言うと、難しいところだった。

「すみません。注文いいですか?」

 手慣れた様子で食べ物を注文する灯々希に、すべて任せる。

 灯々希は店員の動きや対応、人の流れをさりげなく観察していた。

「いいお店。うちも頑張らないとなぁ」

「別に悪かったとは思わないけどな」

「でも、特別にいいとも、思わなかったでしょ?」

「……俺はそんなに、いろんな店に行ってるわけじゃないけどな」

 比較する対象が少ないので、ちゃんとした意見が言えるとは思えない。

「だとしても、やっぱりいいお店と比べたら劣るところがあるの」

「大変そうだな」

「そういう勉強をしてたわけじゃないから、仕方ないよ。でも、だからって諦めるつもりもない。頑張ります」

「応援は、してるよ」

 俺には、そうとしか言えなかった。

 灯々希が努力を惜しまないのは知っている。

 そんなやつが頑張ると言っているのだ。

 それ以上、なにも言えることなんてない。

「……ふぅ。はい、難しい話は終わり」

 半分以上残っていたビールを一気に飲み干した灯々希は、そうやって気持ちを切り替えた。

「次はどうしようかな」

 そしてすぐに次のアルコールを選び始める。

 まぁ、これくらいならまだ大丈夫だろう。

 そう思いつつ、俺も残っているビールをあおる。

「でも本当に不思議な感じ。桜葉君とこうしてお酒を飲んでるなんて」

「確かにな」

 学生時代には、想像すらしたことがない。

 卒業したら、もう会うことはないと思っていたのに。

「お互い、少しは大人になったよね」

「三年分は、な」

「三年かぁ……ふふっ、懐かしい」

 微かに赤らみ始めた頬を緩め、灯々希は学生時代に想いを馳せる。

「桜葉君と話すようになったのって、いつ頃? 一年生の途中、だったよね」

「……秋の、文化祭」

「あー、そうそう。足りない部材を買いに行ったんだっけ」

「荷物持ちとしてな」

 それが最初のきっかけだった。

 決してクラスに溶け込むことのなかった俺に、灯々希が話しかけてくるようになったのは。

 そして三年間、俺と灯々希はずっと同じクラスで。

「桜葉君が就職するって話してくれたときも、こんな風に机を挟んで向かい合ってたっけ」

 半分ほどになったグラスの氷を鳴らしながら、灯々希は懐かしさに目を細める。

 そうだったと相槌を打ち、俺はグラスを傾けた。

 お互い、想定していたよりも早いペースでアルコールを消費していた。その自覚はあるが、不思議と止まらない。

 二人だけが共有できる三年間の記憶に、酔いが回っていった。

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