2-15

「……なんだか、ちょっと様子が変ね」

「そんな気がしますね」

 咲江さんと二人で管理所を出たが、子供たちのはしゃぎ方に違和感を覚える。

 無意味に叫ぶでもなく、泣きじゃくるでもなく。

 珍しいものを目の当たりにして、テンションが上がりまくっているときのような。

「…………ふざけんな」

 入口に集まっている子供たちを見て、俺は思わずそう呟いていた。

 いや、正確には子供たちではなく、その中心にいる見慣れた、いてはならないやつの姿を見て、だ。

「せんせー、不審者! 不審者捕まえたー!」

「ち、違う、違いますよー? 私、不審者じゃありませんよー?」

 子供たちに囲まれて慌てふためく不審者は、間違いなくアンジェだ。

 あの金髪を見間違うはずがなく、人違いや他人の空似でもありえない。

 なにをやっているんだ、あいつ……。

 隣に立つ咲江さんも、見知らぬ金髪の少女を不審に思っているようだ。

 もし警察に連絡しようとしたら、さすがに止めるしかなくなる。

「パツキンだ! マジもんのパツキンねーちゃんだーっ、いでっ、痛いっ、ちょっ、痛いってぇ!」

「ったく、どこでそんな言葉覚えてきたわけ?」

 不適切な言葉を叫ぶ男子の頬をつねり上げ、その少女はため息交じりにアンジェを見る。

 必死な男子の抵抗などお構いなしに、訝しげな視線を向けていた。

 赤みがかった短めの髪。襟足だけが少し長いそのシルエットは、遠目にも彼女という存在を強く認識させた。

「みんな落ち着いて」

 咲江さんがそう声をかけると、少女はようやく涙目で懇願する男子を解放した。

 そしてアンジェに注いでいた視線は、当然声の主である咲江さんのほうへ向く。

「咲江さん、この人――――ぇ」

 もちろん、その視界には俺も入る。

 訝しんで細くなっていた目が、大きく見開かれる。

 ついでに口も半開きになった。

「よう」

 久しぶりだな、とわざとらしくならない程度に明るく手を挙げた。

 まずは落ち着いて挨拶をしようと、先手を打って歩み寄りを見せる。

「――――」

 が、俺の思惑とは逆に、見開かれた悠里の目が、鋭くなる。

 久しぶりの再会を、にこやかな笑顔ですませようとは、これっぽっちも思っていない顔だ。

 まずなにを言うべきか、と悠里の唇が微かに動いては閉ざされる。

 数秒のうちにそれを繰り返し、ようやく吐き出すべき言葉を見つけたのか、悠里は一歩踏み出して口を開いた。

「おおー! タカ兄じゃん!」

 それを遮って俺の前に飛び出してきたのは、最後の顔見知りである少年、翔太だった。

 悠里より三才年下の、明るさが取り柄みたいなやつだ。

「やけに騒がしいと思ったら、まさかだよ。ひっさしぶり!」

「背、伸びたな、翔太」

「そりゃあな。でもまだタカ兄は超えらんねー」

 見た目通りに元気なのも、無意味に俺の肩にパンチを打ち込んでくるのも変わらない。

 身長が伸びて多少は男らしくなったみたいだが、想像通りの成長だ。

「おい翔太、その人知ってるのか?」

「お前らは初めてだよな。俺たちの面倒みてくれてた兄貴みたいなもんだ。この人も俺たちと同じように、ここで暮らしてたんだよ」

 しがみついてくる子供の頭を乱暴に撫でながら、翔太は俺のことを紹介してくれる。

「んじゃあ、ユウ姉みたいなおじさんなんだな!」

 おじさん……。

 それはまぁいいか。

 若干痛む心を無視し、ユウ姉と呼ばれた少女を見る。

「…………」

 翔太に出鼻をくじかれた悠里は、むすっとした表情で俺を見ていた。

 三年でずいぶんと大人びた雰囲気をまとうようになったみたいだが、そういう顔は昔のままだ。

「てかユウ姉、なんでそんな顔してんの? 大好きなタカ兄が来てんだから、もっと喜べばいいじゃん」

「はぁ? なにわけわかんないこと言ってんの?」

「あ、もしかして照れてんの?」

「照れる理由とかないし。つかお前、ちょっと黙れ」

 あぁ、相変わらずだなぁと二人のやり取りを見て思ってしまう。

 怖いもの知らずというか、翔太は言いたいことをわりとズバズバ言う。

 特に悠里に対しては、口は災いのもとだと何度も体験しているくせに、改める気配がない。

「素直になればいいじゃん。タカ兄のパーカー、今でも着てるんだしさぁ」

「――っ、ちがっ、あ、あれはたまたまだし! サイズが丁度いいだけだし!」

 これは翔太の勝ちだな、と他人事のように思う。

 思いきり赤面してしまった悠里は、明らかに動揺している。

 その、俺のパーカーとやらがなんなのかはわからないが。

「他にも学校のジャージとか――」

「と、とにかくっ、今はそれよりこっち!」

 強引に話を切り替えるように声を荒げ、悠里は金髪の不審者を指さす。

 確かに、そっちのほうが問題だろう。

「うおっ、パツキンだ! パツキンのねーちゃんだ! すっげー、きれー」

 翔太の発言に、悠里の目が剣呑な色を宿す。

 墓穴を掘ったことに、翔太は当然気づいていない。

 あとであいつがどうなるかはさておき、この状況、どうするべきか。

「みんな落ち着きなさい。こちらの方がどうしたの?」

 状況を把握するために、咲江さんが悠里に尋ねる。

「戻ってきたら、この人が入り口から中を覗いてた。しかも隠れるようにして。さすがに怪しいでしょ?」

「いえ、決して怪しいものではないですよ、私」

 いかにも外国人という容姿でありながら、流暢な日本語で弁解してきたアンジェに、悠里と咲江さんが驚く。さっきも日本語で不審者ではないと言ってはいたが、そっちに気が回っていなかったのだろう。

 小さい子供たちと翔太は気にしていないようだが。

 とにかく、状況は非常によろしくない。

 なにを考えて施設の中を覗いていたのかは知らないし、知りたくもないが、確実に俺は追い詰められていた。

「警察、呼んだほうがよくないですか?」

「特になにかをしていたわけでもないようだし、いきなりそれは……せめて話を聞いてみないと」

 一番危機感を抱いているらしい悠里の意見を、咲江さんが抑える。

 早めに誤魔化して、うまく切り抜けないと面倒なことになるな。

「自己紹介が遅れました。私は、孝也さんのお世話になっている、アンジェと申します。よろしくお願いしますね」

 そんな俺の思考や思惑を見事に破壊する、これ以上ない爆弾をアンジェは放り込む。

 空気が凍り付くのを、肌で感じる。

 全員の視線が俺に集まってくる中、現実逃避をしたくなる。

「なんだよタカ兄、いきなり彼女連れ? あ、てかもしかして、結婚の報告に来たのか?」

 そして特大の爆弾を、翔太は器用に起爆してくれた。

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