2-14
「コーヒーで良かった?」
「飲めるようになりました」
仏壇の前から立ち上がり、リビングに戻って来客用のソファに座る。
熱さを確かめるようにコーヒーに口をつけ、一息ついてから対面の咲江さんに視線を向ける。
「それで、悠里の進路についてってことでしたけど」
世間話などは抜きにして、すぐ本題に入る。
「なにかあったんですか? 成績は悪くないはずですよね?」
「えぇ、とても優秀だけど……なんだか、知ってるみたいな口振りね」
「いや、まぁ……前から頭はよさげだったんで」
同じ学校に通う女の子から情報を仕入れたとは、さすがに言えず誤魔化す。
「よさげじゃなくて、本当にいいのよ。塾にも行ってないのに、学年でもトップの成績をとれるくらいには。全国模試の結果も、驚くくらい凄いのよ? もちろん、本人の努力も凄いものだけど」
「負けず嫌いは、相変わらずみたいですね」
「まさにその通り。入学してすぐにね、言われたんですって。施設がどうのって」
「だから甘く見られないようにやってみせた、と」
実に悠里らしい、と二人で笑う。
「その分、やっかみはあるみたいだけど、本人はどこ吹く風ね」
「でしょうね」
容易にその場面が想像できる。
「ただ、そのせいで学校側からも妙に期待されているみたいで、いろいろと話が出ているの」
そうなるだろうな、と頷く。
問題は、本人にそのつもりがない、ということだろう。
「アルバイトも許可は取っているけど、だいぶ渋られて」
「あいつ、バイトしてるんですか?」
「うん。週に何度か、レストランで。これはたぶん、誰かの影響でしょうね」
そう言って咲江さんは、悪戯めいた視線を俺に向けてくる。
「俺は勉強、できるほうじゃなかったし。働くことに慣れておきたかっただけですけどね。あと、いくらかまとまった金も持っておきたかったし」
「でもそのわりに、バイト代で下の子たちにおもちゃとかお菓子、買ってあげてたわよね」
「使い道なんて、たいしてなかったからですよ」
卒業と同時に独り立ちするための準備資金さえ残っていれば、それで良かった。
「あの子も……悠里ちゃんも、そうしてるの」
「あいつも?」
「孝也君が出ていってからは、あの子が最年長だから、かしらね。お世話になったお兄さんの真似でもしているのかもしれないわね」
「だとしたら、優等生すぎですね」
アルバイトをしながらトップの成績を維持し、ここに帰ってきたら、きっと子供たちの面倒も見ている。
呆れるほどの優等生だ。
「そう、優等生。だから、期待も集まるの」
咲江さんの表情に真剣みが増したように思えた。
話をまとめると、こうだ。
この施設の運営や資金面で援助してくれている団体があり、そこから悠里に対して特別な援助の話が出ている。
進学するのなら学費は全てその組織が出すということらしい。
優秀な子供にはそういう特別な措置があることは俺も知っていたが、悠里はその対象として選ばれたようだ。
「将来的には、組織の一員として研究にも携わって欲しいそうなんだけど」
「あいつは望んじゃいないってこと、ですか」
困ったように頷き、咲江さんは肯定する。
ここに預けられるような子供にとっては、これ以上はないチャンスであり、いい話だ。それくらいは、俺でもわかる。
話を聞く限り、給料だって普通よりもはるかに多くもらえるはずだ。
それに見合うだけの能力があるのなら、受けて損はない。
「他にやりたいことでもあるんですかね?」
「そういう感じでもないみたいで」
「咲江さんは、どう思います?」
「私としては、本人の意思を尊重する。あなたのときと同じよ、孝也君」
個人的な感情を抜きにして、咲江さんはそう言うしかないのだろう。
だから俺に相談を持ち掛けてきた、というわけか。
「孝也君はほら、悠里ちゃんと一番長く暮らしていたでしょう? それこそ、実の兄妹みたいに。だから一度、話してみて欲しいの」
後悔のある選択をさせたくはないから、とその優しい目が語っていた。
「何年も顔を出さなかったやつの話を素直にきくとは、思えないですけどねぇ」
「でしょうね。それについては、結構根に持ってるみたいだから」
「笑いごとじゃないですよ……」
やっぱりか、という感情をため息に乗せて吐き出す。
音羽ちゃんにも言われたが、これに関しては自業自得だ。甘んじて、非難は受けようと思う。
「期待にそえるか、わからないですよ?」
「話をしてくれるだけでいいの。決めるのは、悠里ちゃん自身だから」
一度言葉を区切った咲江さんは、含みのある視線を俺に向けて続ける。
「でも、今の悠里ちゃんはなんだか、結論ありきっていう感じがするの。まるで、誰かみたいに」
言われなくても、それが誰の話かはわかっている。
「後悔するとは、限らないですよ」
「悠里ちゃんもそうとは限らない、ということでもあるわね」
「……まぁ、話すだけ話してみます」
「ありがとう。助かるわ」
たかだか三年程度では、やはり敵わない。
「……で、ちなみに今は部屋に? それともバイトですか?」
「今日はお休み。ただ、今は小さな子たちと近くの公園に出かけていて」
「元気なことですね」
俺はバイトがない日に子供たちと遊べるほど、余裕はなかった。
そういう点では、やはり悠里のほうが優秀な年長者としてふるまえている気がする。
「最近入ってきた子もいるから」
なるほど、と頷く。
ここにくる子供は、それなりに事情がある。
その子と親睦を深めるため、というわけか。
本当に、驚くほど面倒見がいい。
「でも、そろそろ戻ってくるんじゃないかしら。もうじきお昼――」
咲江さんが丁度そう言いかけたときだった。
子供たちのにぎやかな声が、管理所の中にまで聞こえてきたのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます