2-13

「変わらないもんだな」

 数年ぶりの懐かしい道を歩きながら、誰にともなく呟く。

 およそ八年を過ごした町の景色は、当時とそう変わらない。

 適切かはさておき、自分にとってはやっぱりここが故郷のようなものなのだと感じてしまう。

 そんなことを考えているうちに、辿り着いた。

 喉の渇きを覚えながら、正面にある石造りの門をくぐる。

 申し訳程度の手土産として、会社の近くにある有名な店でお菓子の類を買ってはきた。これで多少なりとも、機嫌がよくなるといいのだが。

「静かだな」

 今日は土曜日で、学校は休みのはずだ。

 昼前のこの時間帯なら、子供たちの騒がしい声が聞こえてくるのが恒例なのだが。

 今日は珍しく、気配すら感じられない。

「そこまで人数が減ってるのか?」

 俺がここにいた頃は、多少の出入りはあったものの、大体十五人程度の子供が生活していた。

 休日となれば、中庭でよく遊んでいたものだが、今は違うのかもしれない。

「ま、変わってるのが当然か」

 施設を出て三年。

 あれからどれくらい出入りがあったのかもわからない。

 俺と面識のある子供は、いても僅かだろう。

 顔を合わせずに済むのなら、それはそれで気まずくならずに済む。

 そんな弱気なことを考えながら、居住施設とは別の管理所へ向かう。

 本館と呼ばれている居住施設には、生活に必要なものが一通りそろっている。

 それとは別に、施設を管理する職員用の施設がある。

 俺に連絡してきたのは、そこにいるこの施設の管理責任者だ。

 緊張しつつ、管理所のインターホンを鳴らす。

「お帰りなさい、孝也君」

 まるで待ち構えていたようにドアが開き、大人の女性が出迎えてくれる。

 柔和な笑みを浮かべるその女性が、ここの管理責任者――南原みなみはら咲江さきえさんだ。

「ご無沙汰してます」

「なに、その改まった言い方。大人みたいね」

「いや、もう大人なんで」

「それもそうね」

 ほんの一瞬で、数年分の時間が消えてしまったように思える。

 この人は相変わらず、独特な雰囲気があるな。

「本当に、大人っぽくなったわね」

「咲江さんも、貫禄が出てきましたね」

「うーん、それはどういう意味かしら?」

「冗談です」

 頬に手を当てる咲江さんは、目が笑っていない。

 俺がここを出るときはまだ二十代だったが、今はもう三十代になったはずだ。

 さすがにそこをからかうのは、迂闊すぎたか。

「とにかく、元気そうでなによりだわ。本当に全然顔も出さないんだから、みんな気にしていたのよ?」

「すみません」

 仕事が忙しくて、などというつまらない嘘はつかない。

 どうせバレるのだから、素直に謝るのが正解だ。

「咲江さんこそ元気そうで」

「えぇ。結婚相手がみつからないことに目をつむれば、元気に暮らしているわ」

 とんでもなくデリケートな話題を自ら放り込んでくるあたり、実は気にしていないのかもしれない。

 まぁ、下手に突っ込んで危険を冒すつもりはないが。

「あいつら、ちゃんとしてますか?」

「みんな元気よ。と言っても、孝也君が知っている子はもう、悠里ちゃんと翔太君だけになったけど。他の子は、きちんとした引き取り先が見つかったから」

「なら、良かったです」

 咲江さんが大丈夫だというのなら、いい引き取り先だったのだろう。

「悠里と翔太も、見つかればいいですね」

「二人にも話はあがるんだけど、本人が望んでいないみたいだから」

「あぁ」

 なら、俺から言えることはなさそうだ。

 俺も二人と同じように、特定の誰かに引き取られることを拒み、こうしているのだから。

「だからね、孝也君がいた頃より少し人数が減っていて、今は十人で暮らしているの」

「寂しい、ですか?」

「まさか。ここで暮らす子供が少ないのは、喜ぶべきこと……でしょ?」

「まぁ、そうですね」

 咲江さんの言う通りだ。

 この施設に保護される子供は少ないほうがいいに決まっている。

 たとえ居心地が良く、温かさを教えてくれる場所だとしても。

「さ、立ち話はこれくらいにして、中へどうぞ」

「はい、お邪魔します」

 他人行儀に答える俺に、咲江さんは少し困った顔を見せる。

 だが、小さく肩を竦めるだけで、あえてなにかを言ってはこなかった。

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