2-6
「あ、卵のタイムセールが始まったみたいですよ」
「じゃあワンパック、頼む」
「りょーかいです」
今いるのは、会社とアパートの丁度中間にあるスーパーだ。
ここで食料品などを買って帰るのが日課になっている。
今日はアンジェもいるので、お一人様一点限りのものが、二人分買える。
彼女がやってきて、初めて俺にとって得なことが起きた気がする。
いや、アンジェが買った分は彼女の食糧として消費されるのだから、やっぱり得なんてないか。
「毎日こうしてお買い物をして帰るんですか?」
「買いだめすることもあるけどな」
それでも、二日に一度はスーパーに立ち寄っている。
「もしかして、セール品を買うためですか?」
「まぁ、そんな感じだな。そこまで気にしてるわけじゃないんだが、なんかこう、つい」
安い日があるのなら、そのときに買ったほうがいいだろうと、一人暮らしを続けるうちに思ってしまったのだ。
「なんだか、主婦みたいですね」
「ほっとけ」
屈託のない笑みを浮かべるアンジェに、憮然として答える。
そのまま他愛のない会話をしながら、店内を回る。
会話といっても、ほとんどはアンジェが喋り、俺はそれに相槌を打つ程度だ。
なにが楽しいのか知らないが、絶えない笑みと弾む声が、彼女という存在を際立たせていた。
店内でも店外でも、彼女はやはり目立つ。
彼女は気にしていないか気づいていないだろうが、周囲の視線は正直だった。
今更な話だが、彼女を連れたままスーパーに立ち寄ったのは失敗だったと思う。
来るのなら、一度帰ってから一人で来るか、アンジェを先に帰すべきだった。
話したことはなくとも、俺が坂崎工務店の社員だと知っている人もいる。
もしかすると、遠からず社長の耳にアンジェの存在が届くかもしれない。
それまでにはどうにか、この状況を解消しておきたいものだが……。
「――孝也さん?」
「――――っ」
不意にかけられた声と覗き込んでくる不思議そうな顔に、心臓が跳ねる。
本当に不覚だが、彼女に見惚れたと言ってもいい。
こっちが引いた線や壁を、まるで存在しないように飛び越え、踏み込んでくる。
彼女のなにが厄介かと言えば、それだろう。
「あ、願いごと、浮かびましたか?」
「その予定はない」
「それは困るんですけど……まぁ、気長に待ちます」
待たれるのは俺が困るのだが、彼女にとっては関係ないのだろう。
「それより、あれだ。リクエストはあるか? 言っておくが、食べたいものの話だぞ」
一瞬目を輝かせたアンジェに釘を刺す。
願いごとをする予定はないと今言ったばかりだというのに、こいつは。
「うーん、難しいですね。地上の料理というものには疎いので。というか、ご馳走になる身分でリクエストなんて恐れ多いです」
妙なところで謙虚になる女神だな。
「孝也さんが食べたいもので、私は構いませんから」
「そうか。まぁ、思いついたら言ってくれ」
「はい」
献立を考える面倒が少しは解消されるかと思ったが、どうやらダメらしい。
自分一人で決めると、どうしてもある程度の範囲でローテーションしてしまいがちだ。
だからどうせなら、彼女がいる間はリクエストに応えるのも、気分転換になっていいかと思った。
まぁ、仮にリクエストをされたとしても、応えられる範囲はあまり広くはないのだが。
「なんだかんだ言って、優しいんですね」
「なんの話だよ」
「だって、面倒事でしかない私にそんなことを訊いてくれるなんて、普通はないと思いますよ?」
「そういうつもりじゃない」
「そうでしょうか?」
「そうだ」
「では、そういうことにしておきます」
なぜか笑みを浮かべて頷くアンジェに、居心地の悪さを覚える。
都合のいいように解釈するのは、やめて欲しい。
「……私は、そう思うので」
そして、微かに聞き取れる程度の声で、そう呟くのも。
すぐに霧散しそうな彼女の呟きが、耳に残る。
盗むように見た彼女の横顔は、いつも通りだ。
俺が知る限り、一番彼女が浮かべている明るい表情。
「ちなみに天界とやらでは、どんな食事をしているんだ?」
「どんな、と訊かれると難しいですね。地上の言語で表現して通じるかどうか」
「ニュアンスが伝わればいいんだよ。別に再現しようってわけじゃないんだから」
「でしたら、えーっと……あぁそうです。酒のつまみに、お話ししますね」
そんな冗談めいた話をしながら、買い物を続ける。
深入りしそうになる自分から、目をそらすように。
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