2-3

「あ、見つけましたよ、孝也さん」

「見つけましたよ、じゃないだろ。ちょっとこっち来い」

 能天気とすら思える笑顔で手を振るアンジェを、路地裏へと引っ張っていく。

 これでひとまず、先輩に見つかる心配はない。

「どうかしたんですか? なにか慌てているみたいですけど」

 無自覚すぎるアンジェにゼロから説明してもいいが、あいにくと時間は限られているので、グッと堪える。

「一応訊くが、ここでなにしてる?」

「それはもちろん、孝也さんの職場を探しに。気配を頼りにすればたどり着けるかなと思っていたんですけど、想像以上に時間がかかってしまいました」

「気配を頼りにってなんだよ……あぁいや、それはどうでもいい」

 突飛な発言にいちいちツッコミを入れていたら、時間がいくらあっても足りなくなる。

 会話をするだけでここまで疲れることがあるとは、思わなかった。

「もしかして、いけませんでしたか?」

「いいとか悪いとかじゃないだろ。なんの意味があるんだ、そんなことして。名前も住所も知ってたんだから、職場の情報だって持ってるんだろ?」

「当然です。孝也さんの情報は、すべて記憶済みですから」

 決して胸を張ったり得意げに語るようなことではないが、彼女にはそれが理解できないらしい。

 アイアンクローの一つも喰らわせてやりたいが、またグッと堪える。

「知ってるなら、わざわざ来る必要ないだろ」

「そうかもしれないですけど、なんて言うんでしょう……知識としてではなく、実際にどんな仕事をしているのかとか、働いている姿を見てみたかったんです」

「なるほどな。よくわかった」

「では、行きましょう。まだお仕事中ですよね? ついでにご挨拶なども――」

「待てこら」

 さも当然のように路地から出ようとするアンジェの肩を掴む。

「なんです?」

「なんです、じゃない。そんなの却下に決まってるだろ」

「……見学しちゃ、ダメなんでしょうか?」

「当たり前だ」

「あ、そうか。こういうときは確か、菓子折りというものを持参するんでしたか」

「場合によってはそうかもしれないが、今は違う」

 ではなぜ、とでも言いたげに首を傾げる姿は、事情が違っていればドキリとしただろう。

 今の俺には、到底感じることのできないものだが。

「あのな、自分の立場がわかってないのか?」

「まさか。ちゃんとわかってますよ。ランプの女神であることは明かしません」

「そこじゃない」

 いっそその言動で、不審者として捕まえてもらうべきかと思ってしまう。

 いやダメか。事情を説明しようものなら、こっちにとばっちりが来るのは明白だ。

「うーん、よくわかりません。どのあたりを心配しているんですか?」

「強いて言うなら君って存在のすべてなんだが……」

 見た目も設定も、なにもかもが問題だらけであり、不安要素だ。

「一番まずいのは、君が居候してるってことだ。言っただろ、あの部屋は社員寮なんだよ。俺以外の人が住むのは、本来ルール違反なんだ」

 ましてやそれが異性とくれば、問題はもう一つ上の段階になる。

 ただでさえアンジェは目立つ。

 都会ではないが、この地域でも外国人そのものは取り立てて珍しくはない。だからアンジェが歩いていたとしても、本来ならそこまで違和感はないはずだ。

 が、彼女はあまりにも容姿がずば抜けすぎている。

 そこにいるだけで目を引くのはもちろん、遠目にも存在感がありすぎる。

 彼女が俺の知り合いだと職場に顔を出せば、詮索されるに決まっている。

 その結果がどうなるかは、想像もしたくない。

「そうだったんですね。なら確かに、私が迂闊すぎました。ごめんなさいです」

「……まぁ、わかってくれればいい」

 意外にもあっさりと理解し、謝罪までしてくるとは思わなかった。

 素直すぎるその様子に、なんだか落ち着かない気分になる。

 とにかく、その程度の常識はあったのだと安堵した。

「じゃあ、大人しく帰ってくれ。俺は仕事に戻るから」

「はい。では、部屋で待ってますね」

「……あぁ」

 まるで恋人みたいだな、と思ってしまった自分が恥ずかしく、素っ気ない返事をしてしまった。

 いや、余計なことは考えず、さっさと仕事に戻ろう。

 そう思い、アンジェより先に路地を出ようとした瞬間だった。

「――桜葉さん?」

 ある意味、このタイミングで一番会ってはならない少女に、出会ってしまった。

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