2-2
俺が務めている会社は、この町で三代続いている町工場――坂崎工務店だ。
金属加工を主とするこの仕事を始めて、四年目になる。
社長を含めて社員は十人程度しかいないが、業界での評価はそれなりらしい。
先輩たちの技術力は確かなもので、そのおかげか業績も安定している、らしい。
高校を卒業してすぐに就職した俺は、当然ここでは最年少。
一番年齢の近い先輩ですら、十歳以上離れている。
この十年間で、二年以上辞めずに働いているのは、俺だけだった。
それが原因かはわからないが、社長や先輩のおじさんたちにはいい意味で面倒を見てもらっている。
埋めがたい世代間のギャップには未だに慣れないが、ほどよい距離を保てていると思う。
作業着に染みついている機械油の匂いも、今となっては気にもならない。
黙々と目の前の作業に集中していられるこの仕事は、自分に合っているのだと思う。
「おう坊主、一服いれようぜ」
「うっす」
比較的年齢が近い鈴木さんに頷き、作業の手を止める。タイミング的には丁度良かった。
昼休みが終わり、午後の就業時間が半分ほどすぎた頃。
この時間に小休止をするのは、いつものことだった。
「チラッと見たが、いいペースで進んでるみたいだな」
「スケジュール通りにはいけると思います」
「俺の指導の賜物ってやつだな」
「そうっすね」
豪快に笑って背中を叩いてくる鈴木さんに頷いて答える。
実際、ミスばかりしていたころに面倒をみてもらったのは事実だ。
「よーし、今日は俺のおごりだ。ほら、好きやつでいいぞ」
「あぁ、パチンコ、調子良かったんすね。じゃあ、遠慮なく」
月に一度あるかないかの勝利に感謝しつつ、工場の前にある自販機で缶コーヒーを買う。
鈴木さんにもお礼を言い、甘ったるさと冷たさで喉を潤す。
同じように缶コーヒーを購入した鈴木さんは、そのまま工場内へ戻っていった。
向かった先は、喫煙所だろう。
俺はそのまま自販機の横で、人も車もあまり通らない道路を眺めながら、缶コーヒーに口をつけた。
決して都会ではないこの町の空気は、時間の流れすらゆっくりに感じられて、落ち着く。
どこまでも、いつも通りの景色だ。
こうしていると、昨日の出来事が夢か幻だったようにすら思える。
「…………嘘だろ」
そしてたった今、現実だったと思い知らされた。
まだ少し距離はあるが、向こうから歩いてくる姿は、間違いなくあの少女――アンジェだ。
あれほど目立つ容姿の少女など、そうそういるものではない。
寝ぐせのついていた髪は綺麗に整えられ、神々しいまでの輝きを放っていた。
なにかを探しているのか、周囲をきょろきょろと見回しながら、鼻歌でも歌っているような足取りで近づいてくる。
気兼ねなく出かけられるようにと合鍵を置いてきたのは俺だが、この事態は想定していない。
というか、よりによってなぜここに来るのか。
幸いにも、まだ俺に気づいた様子はない。
すぐにでも工場内に戻って隠れるべきか?
「いやダメだ。悪い予感しかしない」
アパートからの距離を考えれば、偶然と言えなくもない。
が、昨夜の言動を思えば、偶然と考えるのは浅はかすぎる。
ただでさえ無断で社員寮のアパートに寝泊まりさせてしまったのだ。
アンジェの存在を、会社に知られるわけにはいかない。
ましてや、今工場に入ってこられでもしたら、あの鈴木さんにアンジェを見られてしまう。
あれだけの容姿を持つアンジェと俺が知り合いだとわかったら、面倒なことにしかならない。
それだけは避けなければならないと、本能と理性が同時に告げる。
鈴木さんがタバコを吸い終えて戻ってくるまで、まだ五分はあるはずだ。
その間にアンジェを追い返し、仕事に戻る。それしかない。
残っていたコーヒーを一気に飲み干し、ごみ箱へ空き缶をぶち込むと、俺はすぐにアンジェのもとへと走り出した。
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