1-15
浴室から出て、髪を乾かしながらスマホを手に取る。
シャワーを浴びている間に、メッセージが届いていた。
俺に連絡をしてくる相手は、ごく僅かだ。
メッセージの送り主は、連絡先として登録されているその中の一人。
三ヶ月に一度くらいの頻度でくる、いつもの連絡だと思ったが、今回は少し違っていた。
「……週末、か」
メッセージの内容は、週末に顔を出して欲しい、というものだ。
週末の予定は空いているが、どうしたものかと考える。
送り主と直接会うのも、あの場所に行くのも、三年ぶりになる。
「そういうガラじゃないって、わかると思うんだけどなぁ」
ただ顔を出すだけでも、少し足踏みしてしまうというのに。
「ただいま戻りました」
「……おかえり」
玄関を開けて戻ってきた少女に、気が付けばそう答えていた。
誰かに『おかえり』と言うのも、三年ぶりになる。
すっかり馴染みのなくなっていた言葉だが、ごく自然に口から出たことに、自分でも少し驚いていた。
メッセージに対する返信はあとにして、荷物を手にした少女に顔を向ける。
両手に大きめの袋を二つ抱えた少女は、満足のいく買い物ができたのか、晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「意外と少ないな」
てっきり、女性の買い物とはもっと荷物が多くなるものだと思っていたのだが。
「とりあえず、今はこれで十分だと思ったので」
もしかしたら、彼女なりに遠慮をした結果なのかもしれない。
「これ、お返ししますね。ありがとうございました」
彼女はそう言ってカードと、律儀にレシートも差し出してきた。
「いや、決済ならスマホでもできるし。カードを返すのは、問題が解消してからでいいよ。なにで必要になるかわからないだろ」
「わかりました。では、大切に使わせていただきます」
納得した彼女は、買い物袋から早速品物を取り出し、並べていく。
下着らしきものが出てきたところで視線をそらし、あらかじめ用意しておいた収納用のボックスを彼女のほうへ差し出す。
「荷物をまとめるのに使ってくれ。どうせ余ってたやつだから、遠慮はいらない」
「ありがとうございます。なんだか、怖いくらいに気が利きますね」
「手のかかるやつらの世話は、慣れてるからな」
「――そうでしたか」
気のせいだろうか。
一瞬、彼女の表情が曇ったように見えた。
「あ、もしかしてこの布団、私の分ですか?」
「あぁ。少し埃っぽいかもしれないけど、今晩は我慢してくれ」
「いえいえ、なにも問題ありません。本当に助かります」
そう話す彼女の表情は、先ほどまでと同様に明るい。
やっぱり気のせいだったのかもしれない。
仮に違っていたとしても、わざわざ深入りする必要もない。
「ちなみに、スマホとかはどうするつもりだ?」
「必要ないと思います。普通のものでは天界との連絡には使えませんし、孝也さんとは連絡を取り合う必要もないですから」
「なら良かった」
さすがにスマホをもう一人分というのは、負担が大きすぎる。
俺とは連絡を取り合う必要がないという言葉の意味を考えると、それはそれでまた問題があるような気がしなくもないが、今は考えないことにする。
どうにもならないことは、どうにもならないものなのだから。
しかし、今時スマホが必要ない若者というのも珍しい。
押しかけ風俗か家出の類という可能性も、完全には捨てきれない。
もしかしたら、スマホの類を隠し持っているから大丈夫、という可能性もある。
鼻歌まじりに買ってきたものを整理している少女を見ながら、内心ため息をつく。
面倒なことにさえ巻き込まれなければいいのだが。
いや、この状況がすでにそうなりつつあるも同然、か。
「…………はぁ」
そう気づいたとき、今度は口からはっきりとため息が漏れてしまった。
それに気づいた彼女は手を止め、視線をこっちに向ける。
「こちらではため息をつくと、幸せが逃げていくというそうですが」
「あいにくと、逃げるほどのものは持ち合わせてないんだ」
変に気を遣われないよう言ったつもりだったが、さすがに自虐的すぎたらしい。
彼女は手を止めたまま、静かに視線を注いでくる。
それはなんだか、心の奥底を探られているようで、落ち着かない。
「あー、そうだ。シャワーを浴びるなら、好きにしていい。俺はもう浴びたから」
「それは、助かります」
自分で言っておいて、かなり際どいというか、セクハラと取られてもおかしくない発言だったが、彼女は気にした様子もなく頷く。
タオルや着替えを手にして立ち上がる彼女に、先ほど感じたような気配はなかった。
「それじゃあ、失礼して」
「ごゆっくり」
彼女は丁寧に頭を下げ、浴室へと向かう。
そしてそのドアを開けた瞬間、ぴたりと動きが止まった。
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