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「でも、実際どうするんだ?」
「どう、とは?」
「荷物がないんだろ? 着替えとか日用品とか、もろもろどうするんだって話。女神さまには必要ないか?」
人間の女性と女神さまでは、生態系が違うかもしれない。
空腹で腹が鳴るあたり、違いがあるとも思えないが。
「た、確かに必要、ですね。本来であれば、支給されるものがあったんですけど……」
「まぁ、幸いにも布団は夏用のやつが余ってるからなんとかなるけど、他はどうにもならないぞ」
食器類は社長が用意しておいてくれたものがあったが、日用品となるとそうはいかない。
共有して使えるものもあるにはあるが、基本的には男性用のものばかり。
女神でも女性であることに変わりはないとすれば、必要なものが出てくるはずだ。
「た、大変厚かましいお願いだとは思いますが、あのぅ……」
彼女もそれはわかるのだろう。
情けない声と表情で、上目遣いに訴えかけてくる。
「天界と連絡が取れたら、ちゃんとお世話になった分は返還いたしますので……」
「気長に待つよ」
放っておけば土下座でもしそうな彼女に苦笑しつつ、財布からカードを取り出してテーブルに置く。
「……あの、これは?」
「近くの店ならこのカードでなんとかなる。使える店は教えるから、そこで必要なものを買ってくるといい。この時間なら、まだ開いてる」
珍しそうにカードを眺めている彼女に説明しつつ、紙とペンを取り出して地図を描く。
「いわゆる、クレジットカードというものですか?」
「違う。入金してある分しか使えない、電子マネーってやつだ」
「なるほど。便利なものがあるんですね」
どうやら彼女は電子マネーを知らないらしい。
「残高には気を付けろよ。そんな何十万も入ってるわけじゃないんだから」
「そ、そんなに使ったりしませんよ」
現金を手渡したほうが彼女もわかりやすいのだろうが、あいにくと財布に紙幣がほぼ入っていない。
普段からスマホや電子マネーで決済をすませているので、仕方がない。
「はいよ、これが地図……って、なんだ?」
日用品や着替えを買えるであろう店を記した地図を、彼女はやや驚いた表情で受け取る。
「あ、ありがとうございます」
「なんだよ。言いたいことあがるなら言え」
「……あまりにその、親切というか。こんな簡単にお金まで渡してくれるとは思わなくて……すみません」
あれだけ彼女の提案を拒んだり疑ったりしたのだから、そう思うのも当然か。
と言うか、別に彼女の話を全て信じているわけじゃないのだが。
「悪いやつって感じがしないからな」
「……それは、喜んでいいんでしょうか?」
「好きにしろ」
そう感じてしまったのだから、どうしようもない。
話を信じる気にはなれないが、彼女が悪意を持った人物だとは、なぜか思えなかった。
そうじゃなければ、数日とはいえ泊めようとも、返ってくるあてもないのにお金を預けたりはしない。
もし裏切られるようなことがあれば、その時はその時だ。
「あんまりのんびりしてると、店が閉まるぞ」
「一緒に行ってはくれないんですか?」
「そこまでは面倒みなきゃいけないか?」
「た、たぶん大丈夫です」
そう言った本人すらやや不安そうなのが困る。
「そ、それじゃあ、行ってきますね!」
自分を奮い立たせるように拳を握って出ていく少女を見送る。
「……少しは疑うとか、あるもんだけどなぁ」
玄関を閉めながら苦笑する。
このまま鍵をかけてしまえば、彼女を締め出すことができる。
その場合はまぁ、玄関の前で騒がれるかもしれないが。
俺がそんなことをするとは、これっぽっちも考えていないのだろう。
能天気なのか、疑うことを知らないのか、悪意とは無縁なのか。
どちらにせよ、毒気を抜かれてしまう。
「今のうち、だな」
玄関の鍵はかけず、部屋に戻ってスマホを充電器に繋ぐ。
そしてバスタオルと着替えを取り出し、浴室へと向かった。
彼女が帰ってくる前にシャワーを浴びてしまおう。
突拍子もないことが多すぎて、考えが追い付かない。
どうせ彼女が戻ってくれば、また頭を悩ませることになるのだ。
いろいろと考えるのは、それからにしよう。
つかの間の現実逃避を、俺は浴室ですることにした。
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