1-13

 彼女の話を改めて聞き終えた俺は、眉間を揉みほぐしながら唸った。

「つまり君は、住む場所もお金もない、と……」

「はい。あなたの願いを叶えるまでは、天界にも戻ることはできません」

 その設定が本当かどうかは、もうこの際どうでもいい。

 そういうことにしておきたい事情があるのなら、わざわざ問い詰めようとも思わない。

「だからって、一緒に住むとかさぁ」

 本当になにを考えているのか、この自称女神さまは。

「願いを叶えるランプなんてものを作れるくせに、地上で生活するための用意もできないとか、大丈夫なのか、その天界」

「いえ、本来であればですね、私たちが地上で活動する際にいろいろと支給されるものなんですよ。身分やら住まいやら、もちろん資金なども」

「なら、そうしてくれ。四六時中一緒にいなきゃいけないってことはないだろ」

「えぇ、そうですね。そうなんですが……えへへ」

 今の笑みは、間違いなくなにかを誤魔化そうとしているものだ。

 確かめたくはないが、確かめないわけにもいかない。

「なにかあるならちゃんと言え。ただでさえ信用が底を打ってるんだから」

「……えーっと、実はまぁ、手違いがあったようで」

「どんな」

「ですからその、いろいろと用意されたものを受け取るための道具がない、と言いますか」

 確かに彼女は、最初に会った時も荷物らしきものは持っていなかった。バッグの類ももちろんない。

 あったのは、テーブルに置かれたランプ一つ。

「一番忘れてはいけないランプはしっかりと持っていたんです。でもその代わり、荷物をまるっと忘れてきたと言うか……まぁ、そういうことでして」

「大した女神さまだな」

「うっ、その言葉、なんだか凄く刺さります」

 そんな気はしていたが、間違いない。

 この自称女神さまは、どう控えめに言ってもポンコツだ。

「フォローしてくれる人とかいないのか?」

「いません」

「……連絡する手段は?」

「あり、ます……でも、連絡するのに必要な……皆さんが持ってるスマホっぽい道具があるんですけど、ついうっかり置いてきちゃって」

 なにしに来たんだ、と喉まで込み上げてきた言葉をどうにか堪える。

 さすがに彼女も自分の失態がどれほどのものかを理解しているのか、恥ずかしさに耳まで赤くなっていた。

「お、お願いします! しばらくの間でいいですから、ここにいさせてください!」

 両手を合わせて頼み込んでくる彼女の姿は、神頼みをしているようにも見える。

 女神というのが本当なら、彼女がされる立場だろうに。

「そう言われても困るんだよなぁ。ここ、社員寮だからさ」

 規約らしい規約はなかったと思うが、やはりよく知らない人間を泊めるのはまずい気がする。

 ましてや相手は女性。

「ちなみに君、年齢は? まさかとは思うけど、未成年じゃないよな?」

 もし未成年だった場合、確実にアウトだ。

「人間基準で言えば、成人していることになるかと。おそらく、孝也さんと同じくらいの設定です」

 そこは設定じゃなくて確かな情報が欲しいのだが……。

 とは言え、未成年じゃないのならまだマシか。

 身分を証明できるものでもあれば一番いいが、あるとも思えない。仮にあっても、素直にありますと言うかどうか。

「どうか、この通りです。ここを追い出されたら私、野宿するしかなくなります。自慢じゃありませんが、生きていける自信がありません。なんとか天界と連絡が取れるようにするので、その問題が解決するまでの間、なにとぞ!」

 これでもかと言わんばかりの拝み倒しっぷりだ。

 正直、数日なら構わないと思い始めている。

 が、重大な問題がもう一つ残っていた。

 ある意味、一番の問題とも言える。

「あのさ、そのつもりはないけど、一応俺も若い男なわけでさ。そいつの部屋で寝泊まりするっていうことに、危機感とかないわけ?」

 ましてや彼女は、ありえないくらいに綺麗な女性だ。

 おまけに日本人離れしていて……と、ある疑問にようやく思い至る。

「ちょっと脱線するけど君、当たり前のように日本語喋ってるよね?」

「あぁ、それはですね、えーっと……まぁ、いわゆる魔法のようなものだとご理解いただければ」

 説明が面倒なのか、それとも設定を考えていなかったのか。彼女の表情からそれは読み取れなかった。

「魔法はなくなったとか言ってなかったっけ?」

「人間が使用していたものとは全く異なるものですから。わかりやすく言うと、魔法が一番かな、と」

「なら、俺の名前を知ってたのも魔法か?」

「それは……少し違いますが、そう思っていただいても問題はありません」

 誤魔化されている気がしないでもないが、追及はしないでおく。

「とにかく、そういうものも含めて、ランプの力が本物だと思っていただければ!」

 正直、なんの証明にもなっていないと思うのだが、彼女は自信満々だ。

 冷静になればなるほど、おかしな状況だと痛感する。

 彼女という存在も、その目的も。

 一番は思考回路かもしれないが。

「えーっと、それで、どうでしょう?」

「……数日だけでいいんだな?」

 その言葉を聞いた瞬間、彼女の表情が輝く。

「ありがとうございます! ありがとうござい――ったぁ!」

「……問題は起こすなよ」

 思いきりテーブルに額を打ち付け、涙目になっている彼女を半眼で見やり、何度目になるかわからないため息をついた。

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