1-12
「さて、そろそろ結論を出そう」
飲み物を注いだコップを二つテーブルに置き、直球でそう切り出す。
コップの中身は、冷蔵庫で冷やしておいた麦茶だ。
気分的にはコーヒーと行きたいところだが、こんな時間に飲んでしまったら寝付けなくなってしまう。
明日も普通に仕事がある身としては、いつも通りの時間に休みたい。
だからこそ彼女との不毛な話し合いも、そろそろ終わりにしたい。
「私の気持ちは変わりません。あなたの願いを三つ叶えて、幸せになっていただきます」
「いただきます、と言われてもな……」
そう言うだろうとは思っていたが、いざ面と向かって言われると対処に困る。
こうなったら逆に、彼女の提案を受け入れてしまう方がいいのかもしれない。
「どんなに頼まれても、無理なものは無理だぞ?」
「なにかの拍子に思いつく可能性は、ゼロではありません」
「そりゃあそうだろうけど……限りなく低いと思うぞ」
「構いません。あなたがこれだという願いを思いつくまで、いくらでも待ちます」
「気概は買うけど、本当にいつになるかわからないんだ」
ゼロではない、という彼女の意見は確かに一理あるだろう。
俺自身、どうなるかなんてわかっちゃいないのだから。
ただ、そんな願いを見つけられる自分を想像できないだけで。
「いつまででも、待ちます」
ですから、と身を乗り出す彼女の切実な表情に、苦笑を返す。
「君には負けた」
その押しつけがましいほどの真剣さに、観念して肩をすくめる。
「……では」
「あぁ。君がそうしたいって言うなら、好きにしてくれ」
「あ、ありがとうございます!」
「でも、約束はできないからな? 今のところ、なにも浮かんでないんだから」
「えぇ、えぇ! それでもいいです。あなたがその気になってくれるのなら」
前のめりになりすぎて倒れそうになる彼女の肩を支え、そのままテーブルの向こうに押し返す。
彼女は照れくれそうにしつつも、弾けるような笑顔を浮かべていた。
まだスタートラインにすら立っていないも同然なのに、どうしてそこまで喜べるのか。
自分とは違いすぎる少女の感情に、なんだかこっちが落ち着かない気分になる。
「と、そうでした。契約の証というわけではないのですが――」
「書類にハンコだのサインはお断りだ」
受け入れてから数秒でいきなりきな臭い発言をする彼女に、ノータイムで釘を刺す。
全面的に彼女を信じているわけじゃない。
怪しい勧誘の類という線も、まだ残っているのだ。
「いえいえ、そういうものではなくてですね。ほら、話したじゃないですか。ランプをこすった方が持ち主になるって。ですから、お願いします」
そう言ってテーブルに置いたランプを、ずいっとこちらに押し出す。
「必要ある?」
「儀式だと思っていただければ。それに、そのほうが孝也さんも雰囲気が出て、ポジティブな思考になれるかもしれないですし」
さらっとネガティブ思考だと言われたような気もするが、鼻を鳴らすだけに留めておく。
「こするって、撫でるみたいな感じでもいいのか?」
「できれば丁寧に……そうですね。私の頭を撫でるようなつもりでしていただけると幸いです」
「なるほどな」
眩しいくらいの笑顔で馬鹿げたことをのたまう彼女に頷き、ぞんざいにランプを撫でた。
「……なんだか、嫌々してるみたいです」
「気のせいだろ」
「そうでしょうか? 面倒だから適当にやっておこうとか、思ってませんか?」
「…………」
「…………ま、まぁいいです。これで儀式は完了ということにしておきます」
真顔で唇を引き結ぶ俺の表情からなにかを感じ取ったらしく、彼女は気まずそうに眼をそらしてランプを回収した。
我ながら少し幼稚な気もするが、多少は溜飲が下がった。
「なら、帰ってくれ」
「なに言ってるんですか? 願いを叶えるまで帰れないって言ったじゃないですか」
一時的とは言え、ようやく解放されると思った俺は、彼女の言葉に嫌な予感を覚える。
「……それは天界とやらにって意味じゃないのか?」
いやまさか、という気持ちをぐっと押し込め、恐る恐る確かめた。
「まさかです。孝也さんの願いを三つ叶え、幸せになるのを見届けるその日まで、お世話になります」
そんな俺の予感を、彼女は悪意のない笑顔で確かなものにした。
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