1-11
「大したものじゃないけど、良かったらどうぞ」
申し訳なさそうに正座して待つ彼女の前に、出来上がったばかりの料理を並べていく。
なにかの間違いだと弁解してはいたが、聞かなかったことにするには、大きすぎる腹の虫だった。
どうせ夕飯はいつも多めに作るのだからと、真っ赤な顔で遠慮する彼女の分も用意しただけだ。
「弁当のおかずも兼ねたものだから、あんまり夕飯らしくはないかもだけど。味はたぶん、普通だと思うから、安心してくれ」
「わ、私としてはご馳走していただけるだけでありがたいので……」
「いいよ、別に。手間は変わらないって言っただろ」
ジッと料理を見つつなかなか箸を手にしない彼女に、思わず苦笑してしまう。
「ほら、冷めないうちに食べよう」
「で、ですが、女神としてどうかなという葛藤が……」
「今更だろ、そんなの。いいからほら」
強引に箸を握らせ、いただきますと声に出して食事を始める。
「……では、いただきます」
僅かに遅れて、彼女も箸を伸ばした。
女神としての葛藤とやらに、一応の決着がついたらしい。
というか、そんなところで遠慮するのなら、もっと早い段階でして欲しいものだ。
さすがは女神というかなんというか、ズレている。
そんなことを思いつつ、メインの焼きそばを食べる。
「……あの、美味しいです。お料理、得意なんですか?」
「まさか。このくらい、ネットでレシピを見れば誰でも作れる。味だって、ごく普通だよ。人間界の食事としては、な」
この自称女神さまが普段どんな食事をしているのかは知らないが、味覚は俺とそう変わらないらしい。
まぁ、この状況で美味しくないです、などと言えるやつがいたら見てみたいものだが。
「男の人なのに自炊されていらっしゃるんですね。意外と言ったら失礼かもですけど、驚きました」
「必要に迫られてってやつだな。最初は外で食べたりしてたんだけど、思ったより金がかかってさ。調理器具は社長があらかじめ用意しててくれたから、試しにやってみたんだ」
「料理の才能があったんですね」
「さっきも言ったけど、レシピと材料があれば大抵のものは作れる。妙なアレンジをしようとしなきゃな」
「そういうものですか。恥ずかしながら、私はしたことがないので」
女神の食事というのがどんなものか、興味がないと言えば嘘になる。
が、あえてそこに踏み込んで話を聞く気にはなれなかった。
深入りすればするだけ、あとで後悔するに決まっている。
ただ、見ているだけでわかることはある。
食事の仕方はごく普通で……いや、むしろ丁寧すぎるくらいだ。
よく噛んで食べているからなのか、少しゆっくりにも感じるが、その様子はどこか気品があるような気がしなくもない。
一番驚いたのは、箸の使い方だ。
下手をしたら、生粋の日本人よりも上手に使えているのではないだろうか。
「……あの、なにか気になることでも?」
「いや、なんでもない」
女神の食生活に対する好奇心に蓋をして、自分の食事に集中する。
「ごちそうさまでした」
特に会話を続けることもなく、お互いに食事を終えた。
そして、後片付けくらいはさせて欲しいという彼女と、こじんまりとしたキッチンで洗い物をする。
「この余った分はどうするんですか?」
「それは冷蔵庫に頼む。明日の弁当にする分だから」
「もしかして、毎日こうしてお弁当も用意しているんですか?」
「どうせ自炊するならって思ってな。多めに夕飯を作るのは、そのためだよ」
「節約されているんですね」
「まぁ、それだけじゃないけどな」
先輩たちに付き合って外で食べるのは、正直苦手だ。
昼休みにどこかの店に行くのも面倒だし、自前の弁当なら会社の休憩室で食事ができる。
会社で弁当を食べる人ももちろんいるが、比較的人数は少ないし、あくまで同じ休憩室で食べるだけで済む。
最低限の付き合いだけで済ませておきたい身としては、これが一番だと思ったのだ。
「どうしてそんなに節約をするのか、お尋ねしても?」
「別に節約を意識してるわけじゃないよ。ただ、ある程度手元に残しておいたほうが、なにかといいだろうって思ってるだけで」
不満があるわけではないが、かといって給料が高いわけでもない。
先を見据えて、貯蓄をしておきたいだけだ。
「……だから、部屋もすっきりしてるんですね」
「スマホがあればなんとかなることが多いからな」
場所を取らない電子書籍の類は、俺にとって唯一の贅沢品みたいなものだ。
いつか引っ越す可能性がある以上、荷物は増やしたくない。
「便利ですが、少し寂しい気もしますね」
静かに呟く彼女に肩をすくめ、洗い物で濡れた手を拭う。
そしてそのまま電気ケトルに水を補充しようとして手を止め、考え直した。
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