1-9
「……大丈夫か?」
「…………うぃ」
答える声はちょっと怪しかったが、大事には至らなかったようだ。
念のためキッチンに向かい、コップに水を注いで戻る。
「…………あり、がとう、ございますぅ」
「いや、うん」
まさか、どれくらいの熱さかを確かめもせず、がっつり口をつけるとは思わなかった。
薄々そうなのではないかと思ってはいたが、そろそろ確信してしまいそうだ。
この自称女神、おそらくはポンコツ系ではないだろうか。
「…………」
最初のやりとりからそんな気配はあったが、そう的外れな認識ではないだろう。
紅茶に口をつけながら、静かに彼女が落ち着くのを待つ。
どうせならコーヒーのほうが良かったのだが、仕方ない。
「平気か?」
「……はい。いろいろと、すみません」
「俺もまぁ、一言付け加えておけば良かったよ」
あまりにも情けない表情を浮かべる彼女に、思わずそう言っていた。
「それで、さっきの続きだけど」
恐る恐るカップに口をつけている彼女に代わって、こちらから話を切り出す。
「なんか、条件がアバウトだよな。魔法のランプ……じゃなくて、幸福のランプとかいうやつ」
「このランプは、特別なので。ですが、あなたが幸せになれる願いであれば、どんな願いでも叶えてみせます」
一部例外はありますが、と付け加えて、彼女はこちらを伺うように見てくる。
「どんな願いでも、ねぇ」
先ほどまでの話を頭の中に思い浮かべながら、なんとなく彼女へ視線を向ける。
落ち着いて見ればみるほど、どこか浮世離れした少女だ。
金色の髪も碧い瞳も真っ白い服も、一つひとつを見ればそこまで珍しいものでもない。
ただ、それが一人の少女に集約されているとなると、話は別だ。
単純な感想を言わせてもらえば、ありえないくらいの美少女だと思う。
出会い方が違っていれば、緊張してまともに話すこともできなかったかもしれないと思えるほどに。
もしかしたら、この少女は自称などではなく本当に、と考えそうになったところで、その視線に気づいた。
「…………」
なにやら頬を赤らめ、彼女は自分の身体を抱きしめていた。
そしてその怯えた小動物のような目で見上げ、唇を開く。
「……あの、まさかとは思いますが、その……」
飲みかけのカップと俺の顔を交互に見て、恐る恐るといった様子で続ける。
「い、いかがわしい願いとかは、その……た、たいへん、困るというか、ですね」
「…………」
なにを疑われているのかを、すぐに理解した。
絶句すら通り越し、自分の頬が引きつるのがわかる。
「言っておくが、君が懸念しているようなことは考えてなかったし、それを望むつもりもない」
「……ですが、無言で私をその、見てましたよね?」
「他意はない。しいて言うなら、変なやつだなと思ってただけだ」
「へ、変なやつ……」
馬鹿げた疑いをかけられた仕返しのつもりだったが、彼女にとってはかなり強烈なパンチだったらしい。
怯えていた眉がきりっと吊り上がり、頬が膨らむ。
が、すぐに真剣な表情に切り替わる。
「……念のため確認しておきたいのですが、よろしいですか?」
「…………なに?」
「あなたは、童貞でいらっしゃいますか?」
そして、先ほどよりもずば抜けて馬鹿げたことを尋ねてきた。
正直、その点について悲観したこともなければ、興味もさほどない。
性欲なんてものは、どうとでも処理できる類のものだ。
とは言え、この流れでそれを訊かれたことに、我ながら憤りを覚えた。
あらぬ疑いをかけた上、追い打ちのような質問をされたのだ。
社会人四年目の俺は、まだ笑って許すことはできなかった。
「脱童貞ってのはさ、幸せなことだと思わないか?」
だから俺は、ありったけの悪意を込めて、頬を歪めた。
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