1-6

 それは彼女自身も最初に指摘したことだ。

 つまり、持ち主として認定される前提条件が満たされていない。

「そ、それはあなたがこう、足でこうしたからじゃないですか!」

 玄関でその動作を繰り返す彼女は、改めてその暴挙に対する感情を思い出したのか、憤慨したように頬を膨らませる。

「あの、そのことについてまだ謝罪をいただいていないのですが?」

「謝罪と言われてもなぁ」

 彼女がランプの女神なのだとしたら、その本体とも言うべきランプをないがしろにされたのだ。その扱いが不服だと言うのは、わからない話でもない。

 が、こっちとしては未だに厄介な言いがかりをつけられているようなものなので、謝罪する気にはなれない。

「ちゃんとそれらしい登場シーン、用意してたんですよ? 何度も何度も練習してきたんですからね? 私の努力が、孝也さんのこれで全部無駄になったんですよ?」

「知らないよ……」

 大体、登場シーンを練習してきたってなんだ。

 こすった瞬間、ランプの中から煙と一緒に出てくるつもりだったとでも言うのか?

 確かにそんな登場をされたら、今とは違う状況になっていただろう。

 間違いなく、すぐにドアを閉めて無視を決め込んでいた。

「最初が肝心だって先輩たちにも言われて、すっごく練習したんです。ちゃんと女神だって信じてもらえるインパクトを出そうって……わかりますか?」

「わかりたくない」

 あまりの面倒くささに、つい本音で答えてしまった。

 当然、彼女はますます頬を膨らませ、不満をあらわにする。

 そんな子供じみた表情や仕草をしても、人間離れした容姿は崩れない。

 むしろそのギャップは、彼女の魅力を引き立ててすらいた。

「どうにもな。君の話は腑に落ちないって言うか」

 だからと言って、彼女の言葉を信じる要因にはならない。

「こすったら持ち主になるとか言っておきながら、俺のために用意したランプだとかさ。設定が雑すぎるんだよなぁ」

「ですからそれは、あなたがちゃんとしてくれなかったからで」

「ターゲットが俺って決まってたなら、その手順、無駄だろ。しかも普通に登場してるし」

「その点については私としても遺憾ではありますが、無理矢理にでも登場しないと、どうにもなりそうになかったので……」

 不満を込めた視線で、彼女はジッと見上げてくる。

「やっぱり気になるから、あとで改めて拾ってこすってみるとか、そういう選択肢、ありましたか?」

「ないな」

「ですよね……」

 そう思ったから、手順をすっ飛ばしたのだと言いたげだ。

 ついでに、悪いのは俺だと言いたげでもある。

 いろいろと言いたいことがあるのはこっちも同じだが、彼女の言い分を受け入れないと話を進められそうにない。

「とりあえず、悪かったよ。次があったら、足じゃなくて手を使うことにする」

「ぜひお願いします」

 形ばかりの謝罪だが、彼女にとっては十分なようだ。

「今度こそ、わかりあえましたね」

 眩しく、弾けるような笑顔を浮かべる。

 油断したら、見惚れてしまいそうだ。

「あぁ。でもま、興味がないって答えは変わらないから、帰ってくれる?」

 だから雑念を投げ捨てるように宣言し、玄関の向こうを指さす。

「…………」

 見事に笑顔を張り付かせたまま、少女は固まった。

 俺の言ったことが理解できなかったとは思えないので、絶句しているのだろう。

 なんにせよ、こっちの意思はこれ以上なくはっきりと伝わったはずだ。

「…………なんなんですか? ぬか喜びさせるのが趣味なんですか?」

 一転して暗い表情になり、彼女はじっとりと見上げてくる。

「どうしたら信じてくれますか?」

「悪いけど、信じるとか信じないの話じゃないんだ」

「ならどうして興味がないなんて言うんです? 納得できません」

 押しの強さだけではなく、しつこさも兼ね備えているらしい。

 厄介な相手だとはわかっていたが、想像のはるか上をいく。

「わかった。なら言い方を変える」

 下手に誤魔化しても納得はしてもらえないだろう。

 なら、本心をそのまま伝えるしかない。

「君に叶えて欲しい願いなんてないし、幸せにして欲しいとも思ってない」

 それに、と出かかった言葉だけは奥歯で噛み砕き、目を細める。

「はっきり言って、余計なお世話だ」

 使い慣れた冷たい表情に乗せ、俺は彼女を見下ろした。

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