1-5
「願いとか言われても、困るんだよなぁ」
後頭部を掻きむしりながら、深く息を吐く。
「いきなり言われても困りますよね。大丈夫です。ちゃんとご説明しますから」
俺のため息をどう勘違いしたのか、彼女は満面の笑みを浮かべて説明し始める。
「まずこちらのランプですが、先ほどから言っている通り、これは幸福をもたらすランプです。正式な名称は別にあるのですが、あなた方の言葉に置き換えると、そう呼ぶのが妥当でしょう」
大切なものを扱うように、彼女は両手でそれを掲げてみせる。
安易な呼び方すぎて神聖さのかけらも感じられないが、わかりやすい方が助かる。
適当に相槌を打ちながら、彼女の弾む声に耳を傾けた。
「幸福をもたらすと言いましたが、正確には、こすった方を持ち主とし、その持ち主の願いを三つだけ叶えることができます。その叶える願いによって、幸福がもたらされる、というわけです。ここまではご理解いただけましたか?」
「まぁ、よくある逸話そのままって感じだから。ようは魔法のランプってやつだろ?」
おとぎ話に出てくる不思議な道具そのものだ。
「魔法のランプ、と呼ぶのは正確さに欠けますね。このランプはあくまで幸福をもたらすことに特化したものなので。持ち主の幸福に繋がる願いでなければ、その力を発揮することはありません」
「同じことじゃないのか? 願いが叶うなら、本人は幸せだろ?」
「いいえ、違います」
「そうか? 違いがよくわからないんだが」
「そうですね。たとえばですが、他人を不幸に陥れるような願いは、このランプでは叶えられません」
「それで俺が嬉しくなったとしても?」
「はい。このランプに定義づけされた幸福とは異なるものなので。孝也さんが想像した魔法のランプであれば、そういった願いを叶えることも不可能ではありませんが」
「君が持ってるそれは違う、と」
「そうです」
だから幸福をもたらすランプ、というわけか。
「……がっかりしましたか?」
「いや別に。他人の不幸を願うほど、世界を怨んじゃいないよ」
「……それなら、良かったです」
なにを心配していたのか、彼女は一瞬だけ沈んだ表情を見せたが、俺の答えを聞いて安心したように小さく息を吐いた。
なんだか、不思議な娘だ。今更すぎることを、改めて思ってしまった。
「んー、その幸福の基準ってのは、誰がどう決めるんだ?」
「説明が難しいですね。ランプに内包された世界の意思、で納得できますか?」
「あーいや、なんとなく疑問に思っただけだから、難しいなら説明はいい。たぶん、理解できないし」
最終的には神だのなんだのと続きそうな気がするので、こちらから話を打ち切る。
俺が知るべきことは、もっと単純な部分だろう。
「で、君はなんなの? おとぎ話的には、ランプの魔人とか精霊って感じ?」
「その通りです。あぁ、なんだかやっとわかりあえてきた気がします」
「そりゃあ良かった……」
嬉しそうにしている彼女には悪いが、こっちは盛大にため息をつきたい気分だ。
話の流れというか、彼女が語る設定は読めてきたが、やっぱりどう考えても胡散臭い。
「要約すると、君はランプの女神さまで、俺の願いを魔法かなにかで三つだけ叶えてくれるってことでいい?」
「概ね間違いありませんが、魔法ではありません。この世界における魔法、魔術はすでに失われ、その概念そのものが消失しているも同然なので。より正確に言うと、それに必要な魔力が存在しないんです」
「……そうですか」
わざわざ訂正する意味がわからないが、彼女にとっては大切なことなのかもしれないと自分を納得させる。
ただの一般人である俺にとっては、魔法も魔術も奇跡も等しく同じようなものだ。
「あのさ、その女神さまに確認しておきたいことがあるんだけど」
「えぇ、質問は当然ですよね。なんなりとどうぞ」
「君の話が事実だとして、一つ、決定的におかしなところがあるよね?」
「ありますか?」
心当たりがありません、と少女は小首を傾げる。
そのあざといとも思える動作に咳払いをしつつ、指摘する。
「とりあえず俺、そのランプ、こすってないよね?」
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