1-3
あまりにも堂々とした宣言に、思わずなるほどと頷きそうになった。
が、どう考えても正気の発言とは思えない。
「つまり、君は、えーっと……」
「ランプの女神です」
「なるほど」
清々しいほどの笑顔で繰り返す少女に、今度こそ納得してなるほどと頷いた。
間違いない。
彼女は相当に厄介な困った人だ。
疑う余地のない状況に、ため息すら出てこない。
「君が何者なのかはわかった。でもあいにく、ランプの女神さまの訪問を受ける覚えがないので、どうぞお引き取りください」
笑顔を表情筋に張り付け、彼女に触れないよう玄関のドアを押し開く。下手に触ったりしたら、なにを言われるかわかったものじゃない。
「あなたに覚えがなくても、こっちにはあるんです。なにも問題はありません」
「いやいや、問題があるかどうかじゃなくて。とにかく、そういうのに興味はないんで」
はいそうですかと引き下がるとは、最初から思っていない。だからこそ笑顔を崩さずやんわりと、しかしはっきり興味はないと宣言する。
「またまた。そうは言いつつ、実は興味ありますよね? 謙虚なのは美徳でもありますけど、今回は違います。ですからまず、きちんとお話しさせてください」
やはりと言うか、案の定だ。彼女はこちらの話をまともに聞く気はなさそうだ。
なら、作戦を切り替えるしかない。
「……じゃあとりあえず、少し下がってもらえます?」
「どうしてですか?」
「君みたいな女子が近すぎると、緊張して話を聞くどころじゃないから」
「あぁ、これは失礼しました。初対面で不躾でしたね」
話を聞く意思を見せたことで、多少なりとも気が緩んだのだろう。少女はなにも疑うことなく、きちんと三歩下がってくれた。
その場所はすでに、玄関の外だ。
「あ、やっぱり結構です」
すかさずドアノブを掴み、笑顔のまま閉める。
いや、閉めようとした。
「ちょ、ちょっと待ってください! 話が違いますよ!」
「おまっ、あ、危ないだろ!」
あろうことか彼女は、閉まりかけたドアの間に身体を滑り込ませてきた。
加減せずに勢いよく閉めていたら、怪我をしていたかもしれない。
幸いというべきか、ドアを静かに閉める癖がついていたおかげで、大事には至らなかったが。
「だって今、閉めようとしましたよね? 話を聞いてくれるって言ったじゃないですか!」
「そんなの方便に決まってるだろ」
「決まってません! と、とにかく話をさせてください」
「いやホント、そういうのいいんで。どうせ宗教か勧誘の類でしょ?」
一人暮らしを始めて数年、そういう類の訪問は何度か経験している。どうせ興味などこれっぽっちも湧かないのだから、互いに時間の無駄だ。
「ち、違います! 宗教でも勧誘でもないんです。信じてください」
必死に訴えかける表情は真剣そのものだが、ドアを閉じられないようにしっかりと掴んでいる姿を加味すると、ドン引かざるを得ない。
過去最高に質の悪い訪問だ。
「そうは言うけどさ、いきなり女神を自称するとか、そうとしか思えないだろ」
「思いません。私は事実を述べているだけです」
女神であることを否定しないあたりに、ますます不信感が募る。
もし本当に宗教の類じゃないとしたら……。
「じゃああれか。新手のデリバリーな風俗的なやつか?」
女神という単語からなんとなく思いついた言葉を口にする。頼んでもいないのにいきなりやってくる風俗があるのかは知らないが。
「そそ、そんなわけないじゃないですか! め、女神に向かってなんてこと言うんですかあなたは!」
しかし彼女はその言葉に、顔を真っ赤にして反論する。恥辱と怒りの入り混じった表情で、彼女はきっぱりと否定する。
どうやら、違ったらしい。
仮に正解だったなら、ここでわざわざ否定するとは思えない。
彼女の目的がそうなら、否定するのは不合理だ。
「本当に違いますからね? お願いですから、そこはまず信じてください!」
「あー、うん。なんかその、ごめんなさい」
「信じてくれるんですか?」
「とりあえず、風俗的な女神じゃないってところは、まぁ」
その程度の連想しかできなかった俺の至らなさもあるので、素直に謝罪はしておく。
とは言え、いきなり押しかけてきた少女が女神を名乗ったら、そう連想してしまうのも仕方がないのでないかと思う。
「……ちなみに、どうしてそんな風に思ったんですか?」
「会社の先輩に、そういう店をよく利用する人がいて。給料日には必ず、俺の女神に会いに行く、とか言ってるから……」
そうだ。だから女神という単語を聞いて、そう連想してしまったんだと、自分に言い聞かせる。
「なんて罪深い……」
先輩が罪深いかどうかはともかくとして、彼女がそうではないのだとしたら、ますます正体がわからない。
本当に女神だ、という選択肢はまずありえないし。
「……で? 結局、君はなんなの? 目的は?」
妙な疑いをかけてしまった負い目もあり、仕方なく彼女の話を聞くことにする。
「あぁ、やっとその気になってくれたんですね。ありがとうございます」
こうなったらもう、聞いたうえで帰ってもらうしかないだろう。
問題は、彼女がどれくらいで納得してくれるかだが。
「ランプを拾ってもらえなかったときは、どうなることかと思いましたが。あなたはやっぱり、いい人ですね」
こちらの妥協など知る由もない彼女は、その碧い瞳を輝かせ、胸元で手を組み合わせる。
「あなたを幸せにする。それが私の目的です」
そして、まるで祈りを捧げるように目を閉じ、笑みを浮かべたまま、そう言った。
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