1-2

「…………なんて?」

 眼前に突きつけられたランプに仰け反りつつ、とりあえずそう訊き返した。

「これです、これ! このランプのことです!」

「あぁそれ、君の?」

「私のもの、と言えばそうかもしれませんが……って、いま誤魔化そうとしましたね?」

 突き出したランプよりも更に一歩踏み込んでくる少女に気圧され、一歩後退する。

 なぜかはわからないが、彼女は形の良い眉をこれでもかと釣り上げ、怒りをあらわにしていた。

「えーっと、ごめん。話が見えない」

「ですから、これです! 気づきましたよね? 玄関先にこう、ランプが置いてあるって」

「そりゃあ気づいたけど」

「だったらどうして拾い上げてこすらないんですか? 普通、そうしますよね?」

「いや、しないだろ」

「そんなはずありません。だってこれ、ランプですよ? よく見てください。いかにもそれっぽいランプじゃないですか」

 鼻先に改めて突きつけられたランプを両手で押し返す。

 話は依然としてこれっぽっちも見えてこないが、彼女がランプのことについて怒っているのは間違いなさそうだ。

「あー、なんだ。君のだって言うならそれ、持ち帰ってくれる? 邪魔だから」

「じゃ、邪魔って……信じられません」

 愕然とする少女に面と向かって言うつもりはないが、信じられないはこっちのセリフだ。

 未だに話の概要すらわからないというのに、あからさまな怒りを一方的にぶつけられても困る。

「というかこう、足でどかしましたよね? こう!」

 しかし目の前の少女は、こっちの疑問や困惑などお構いなしだ。

 彼女は玄関にある俺のサンダルを足で横にずらし、その時の状況を再現する。

 つまり彼女は、どこからか俺が帰宅する様子を見ていたということか。

 玄関のドアが自然と閉まるよりも早く駆け付けたのも、それなら頷ける。

 理解はこれっぽっちもできないが。

「ありえなくないですか? あの状況で、あろうことか足でどかすなんて」

「さっきも言ったけど、邪魔だったから」

 最初にあった戸惑いは、すでにない。今あるのは、目の前の少女に対する揺るぎない不信感だけだ。

「ですから、それがありえないと思うんです。だってランプですよ? 普通なら興味本位でこすってみるものでしょう?」

 なぜそこまで自信満々に言えるのかはなぞだが、彼女は本気で言っているように見える。

 これが演技だとしたら、大したものだと思う。

「君がどう思うかは知らないけど、俺はこすらないんで」

 面倒くささに頭を掻きつつ、その感情をふんだんに混ぜ込んだため息をついてみせる。

 さすがに彼女も、あからさまな態度になにかを察したのだろう。まだ不満げに頬を膨らませているが、次の言葉を探すように視線を手元のランプに落とした。

「……たとえそうだとしても、せめてこう、手に取って横に置くとか、あると思うんです」

「……そこ?」

 我ながら間の抜けた声だとは思ったが、それも仕方がないだろう。

 人並外れた容姿を備えた金髪碧眼の少女は、その思考も人並外れているらしい。

「だ、だって、こんなに素敵な一品なのに……もし高価な物だったら、どうするおつもりだったんですか?」

「どうもしない」

「えぇ? 傷とかつけちゃったら、弁償させられるかもしれないんですよ?」

「安アパートの廊下にそんな物を放置するほうが悪い。というか、普通はそんな高価な物をあんな風に置いたりしない」

 仮に高価な物だったとしても、弁償云々の話に付き合うつもりもないが。

 それに仮定の話だとしても、非現実的すぎる。

「思っていたより、小賢しいことを言う人ですね」

「納得したならもう帰ってくれます?」

 彼女の言動に物申したい感情を抑え込み、半眼になって一歩前に出る。

 できればこっちの秘めたる怒気を察してくれれば良かったのだが、あいにくと彼女は致命的に察しが悪いらしい。

「わかりました。ランプを無下にしたことについては、忘れます」

 もしくは、わざと気づかないフリをしているか、だが。

 とにもかくにも、これ以上ないくらいに厄介な匂いというか、面倒ごとの気配を感じる。

「はぁ……出だしからいろいろと台無しです。あなたが普通にこすってさえくれれば、ちゃんと登場することができたのに」

 練習の成果を披露できずに残念です、と金髪少女は唇を尖らせた。

 忍耐を試されているような気分になるが、一刻も早くこの話が終わってくれるのなら、もうなんでもいい。

「とりあえず、君はなんなの?」

 彼女が何者かなんて、興味はない。

 ないのだが、話を聞くだけ聞いて彼女に納得して貰おう。

 そんな軽い気持ちだったが、彼女は表情を一変させる。

 先ほどまでの不満げな表情から、満面の笑みへと。

 そして、彼女は名乗った。

「私は天から遣わされた、ランプの女神です」

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