星の目覚まし時計没部分(没含め雑多)

 地表のおく。深くもぐんだ先。

 物理的な観測をえ、その現象は発生した。

 

『アステルコア・メルトダウン――異世界転星が開始されました』

 

 警報がひびき、司令室は真っ赤に照らされた。

 拡大された世界地図が変動を続け、各地域の観測所から次々と新しい報告が入ってくる。

 あらゆる電子機器が悲鳴のような音を上げ、大勢の人々が対処に追われながら走り回っていた。

 

「原始星基準値より推定年代1800年代。蒸気、鉱物の反応を多数かくにん。分類名スチームパンク。機械生命体の可能性が増大しています」

「人類大系は?」

「ヒューマン、ドワーフ、エルフ、その他も報告例が増加中。スライムのような流体生物も言語を持っているとのことです」

 

 蜻蛉とんぼの目玉をぎょろぎょろと動かし、報告を読み上げていく女性サポーター。

 となりにわとりの頭を持つ男が声を上げた。三本指の手を器用に動かし、新たな情報を広げていく。

 

「バグ発生! バグ発生!! 地図拡大領域の境界線よりぞうしょく中!!」

 

 司令室が一層そうぞうしくなった。司令官である男は、魚の顔でじゅうかべた。

 いらちで馬のあしびんぼうすりを行い、わずかにしゅんじゅんした後に人間の人差し指で赤いきんきゅうボタンをす。

 

「人衛機関ノーチラスへ伝達。観測政府より除去指令を下す! すみやかに星をらす害虫をつぶせ!!」

 

 

 

 宝石の目を持ったおおかみが走る。毛皮の代わりに黒いもやを身にまとい、時速八十キロでものを追いかけていた。

 真っ黒な蒸気をす車。屋根のないそれには三人の男達が乗っていた。一人は後部座席でえんとつかまに似た機関部に石炭を投げ入れ、火をおこし続けている。

 一人は手あせすべるハンドルをにぎりしめ、最後の一人は助手席からりょうじゅうで狼をとうとねらいを定める。

 

「なにが起こっていやがる!? ここはどこだ?」

 

 うっそうとした森をわたし、大きな根っこにタイヤがはずんだ。そのれだけで猟銃を持つ男は落ちそうになった。

 湿しっが多く、水のにおいも強い。少なくとも男達にとって慣れたはいよごれた空気のにおいはなかった。

 整えられていないけものみちを走る車からはなれない狼。その異様さに運転手の男が悲鳴のような声を上げた。

 

「ウッドルゥの森じゃねぇ! エルフ達がこんなこうを許すはずがない! ここは……おれ達の知る世界じゃない!!」

「じゃあどこだよ!? 伝説のようせい界か? 永遠の命を手に入れる試練なんて望んじゃいねぇぞ!」

 

 猟銃を構えながらも、男は混乱で頭がくるいそうだった。いつも通り三人で工場の下働きをしていたはずなのに、気付いたら森の中にいた。

 ふついのまま働きすぎたせいで、白昼夢でも見ているかと思った。

 しかし目の前で工場長の死体が狼にわれた時、げることしか頭になかった。

 

「ああ、神様……むすだけでも、助けてくれぇ」

「弱気になるな! とにかく走らせろ! 森さえければ、少しはっ!?」

 

 運転手の弱音にげきを飛ばした男だったが、石炭をくべる手が止まった。

 空をかくす木々の枝。そこを足場に不気味な狼達がこちらを見下ろしている。たった一ぴきに、群れが待ち構えている場所におびせられた。

 狼達は全てが黒い靄の体だったが、きばが木の枝の個体、つめくぎの個体、しっが花弁のかたまりなど、およそ生命とは遠いとくちょうを有していた。

 

「こんのっ!?」

 

 猟銃を向けたが、一ひきおおかぶさるようにちょうやくしてきた。それだけでうでごともぎ取られ、車のはるか後方へゆいいつの武器を落とされた。

 おくめて痛みにえる男だったが、運転手が顔面そうはくのままハンドルから手を離す。

 石炭用のスコップを持っていた男は戦うがいを見せたが、生まれたての鹿じかのように足がふるえていた。

 

「まだなにもわからないのに……こんなところで!」

 

 腕の断面から流れ出る血を手で押さえ、くやしそうにうめく。

 まともに走行しなくなった車にめがけて、狼達がいっせいおそいかかってきた。

 黒い靄から雑音に近い羽音が聞こえた。至近きょでようやくわかる程度だが、男達にとってそれは死神の笑い声だと思えた。

 

 せつ

 

 ほのおが空中を走った。流星のようなどうを目に焼き付け、狼達をはらう。

 靄がさんし、宝石や花弁が散らばる。とつじょ降ってきたざんがいに男達はおどろくが、それらは数十秒間は形を保ち、やがて空気にけ消えてしまった。

 運転手がブレーキをむ。急停止した車から事の成り行きを見守る内に気付いたが、炎と思ったのは人の形をしていた。

 

 かたまでびた赤いかみが動きに合わせて揺れ、青いひとみが狼をとらえて離さない。真っ黒な服を着てばやく動く姿は、からすによく似ていた。

 二十代前の青年が、体のあらゆる場所を炎にへんかんして戦っている。装置やせんとう用義手をつけているわけでもない。

 

「人衛機関ノーチラスだ。お前達の世界名はわかるか?」

 

 狼が残り五匹になった時点で、青年は突如問いかけてきた。

 少しだけゆうもどした運転手だったが、とっになにを言われたのかあくが追いつかない。

 

「世界名……?」

「人間界のしょうじゃないか? だったらユーグリッドだ!」

「協力感謝する。その場から動くなよ、バグは俺が始末する」

 

 うでけい型のたんまつに向かい、青年は現状を伝達する。するとすぐに人類の救助と保護を優先と指示が送られた。

 狼――バグは残り二匹。散らばった木の枝や釘を気にとどめず、一気にたたみかけようとした矢先。

 

「うわぁあああ!?」

 

 男達の車へ急速に近付くバグがいた。形状は牛であり、角が歯車をんだすいしょうだった。

 狼に背を向け、男達を守ろうと走り出す。しかし牛の時速が百キロを超えていた。おさえて止められる速度ではなく、男達が殺される方が早い。

 顔より下の全てを炎へと変え、ふんしゃ速度を利用する、それでも足りないと、目を細めた時だった。

 

 ――ジリリリリリリリリリリ――

 

 自然あふれる森には似合わない音がひびいた。それはとてもしょうちょうてきで、特定の道具が頭に浮かぶほどだ。

 牛と男達の距離があと三メートル。直線的な光のほんりゅういっしゅんで牛をみ、歯車と水晶のかけが宙をった。

 青年が男たちの元にった時には、牛のこんせきは残っていなかった。むしろ光のこうげきさえも、最初からなかったように周囲にがいが見当たらない。

 

「これは……時計の音?」

 

 近くにだれひそんでいるのかとけいかいする青年の目前で、残っていた狼二匹が光の中に消えた。

 真上からの攻撃。青年が顔を上げれば、木々のすきに茶色い毛皮らしきものが見えた。そしてびた黄金のじゅうこう

 鳴り響いていた時計の音がむと、それは姿を消した。わずかに捉えられたのは、ひとかげだったということだけ。

 

「近くに保護用のテントを設置している。そこまでの護衛をう。ついてきてくれ」

「あ、ああ。ありがとう。あんた、名前は?」

「コードFだ」

 

 それは名前なのか。聞き慣れない名前に、男は少しだけあやしんだ。

 しかし狼達から助けてくれたのは事実。まどいながらも、男の一人が前に出る。

 

「でもよ、にんがいる……どうにかできないか?」

 

 スコップを手にしたままの男は、かたうでから血を流し続ける男へ視線を向ける。

 流血のせいではだから正気が失われつつある。意識はもうろうとしており、とうてい歩ける様子ではない。

 運転手の男が声をかけ続けているが、うなずく反応さえじゃくなものになり始めていた。

 

「……わかった。三人とも、車に乗り続けていろ」

「へ?」

 

 けな声もお構いなしに、青年は車の下に手を差し入れる。そのまま米俵を持ち上げるようにかつぐ。

 あまりにも予想外の力に驚くひまもなく、男達の目の前で青年は体を炎に変える。

 自らを噴射装置に見立て、空に向かって飛び立つ。森の上空から見渡した景色は、どこまでも広がるきょだいな森と草原。

 

 あまりにも広く、地平線の曲線すらおぼつかない大きな世界だった。

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