酔いの勢い皆無(ミカミカミ)

 最初の出会いを思い返しても、自分の直感は正しかった――ツェリは常々痛感していた。

 幼かったはずだ。それなのに同い年の少年を見て、初めに出てきた印象が「さんくさい」である。

 にこにことおだやかに笑う顔も、あくしゅを求めてきたさわやかさも。全てが作り物のようにれいで、うそかためられた真っ黒な生物とあやしんだくらいだ。

 

 実際に腹の中は黒く、その底は言い知れぬきょうさえ覚えるほどだ。

 時々、つなわたりをしていると思うほどだ。しかしいまさらえんりょしたところで、この青年が変化するとは考えられない。

 殺されない保証はないが、死なせる利点も見当たらない。なにせおたがいに一番大切なものは共通なのだ。

 

「ちょっと腹黒! ミカちゃんが意識をもどしたって!?」

 

 雨が降り続ける村からのかん。それにともなうわさはすぐに届いた。

 人形王子が目を覚ました。それは重臣たちにとってはおもしろくないことだろうし、王子達もいささか不満をいだいているのは想像にかたくない。

 しかしフィルはちがう。腹黒――第四王子にとって、かれは大切な弟なのだ。

 

「私に知らせず、会わせる気もないってどういうことよ!?」

「いつかは再会させるけど、今は長旅でつかれてるだろうからね。ああ、お土産みやげの地産ビールはいるかい?」

「そのびんでアンタの頭をたたけばいいのね?」

「残念。中身がまったたるだよ」

 

 ふわふわと話をらされ、いかりが治らない。

 目の前に差し出されたビールを一気飲みする。大型のコップに入っていたが、いっさい気にしなかった。

 がぁんっ、としつづくえにコップをあらっぽく置く。口元についたあわは親指でぬぐい、やさおとこにらみつける。

 

「相変わらずお酒に強いね」

「アンタには負けるわよ」

 

 酒を一気飲みしても顔色が変わらないこんやくしゃを前に、第四王子はにこやかなまま提出された書類を差し出す。

 

「まあミカについては新たな問題がじょうしたからね。しんちょうに行きたいのさ」

「ちょっとそれ見せなさいよ」

 

 書類を受け取り、ツェリはぺーじをめくっていく。

 酒でも変わらなかった顔色が、だいに青ざめていった。

 

「これは……」

ねんしていたけど、まさかこんな形になるなんて」

「ミカちゃんの顔に傷!?」

「そこかー」

 

 ろうばいしたツェリの一言だが、フィルとしてはかたから力がけてしまう。

 そしてそくにミカがいる場所へそうとしたかのじょを、フィルはなごやかに見送った。

 数分後、フィルの手先につかまったツェリ。彼女はお土産のビールを飲み干し、空になったコップを婚約者の顔に投げつけたのである。

 

 なお、けられたらしい。

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