ごちゃまぜ！

恐怖体験（バシリス・クライム）

　夏。毎年猛（もう）暑（しょ）を記録するし、湿（しっ）気（け）も酷（ひど）いが、あえて言うならば爽（そう）快（かい）な季節。

　麦茶が美（う）味（ま）い。夏野菜最高。アイスのドガ食いだって思うがまま。

　しかし俺（おれ）は気づいていなかった。それら全てがたった一つの機械が壊（こわ）れ、崩（くず）れていくことを。

　簡潔に。

　冷（れい）房（ぼう）壊れた。

　最悪だ。扇（せん）風（ぷう）機（き）で熱気をかき回しても意味がなく、水（みず）風（ぶ）呂（ろ）で汗（あせ）を落としても次から次へと湧（わ）いてくる。

　こういう時こそ助け合いの精神だと思うが、猫（ねこ）耳（みみ）野（や）郎（ろう）は直通扉（とびら）に鍵（かぎ）をかけやがった。

　熱（ねっ）中（ちゅう）症（しょう）で倒（たお）れたら絶対にお前のせいだと恨（うら）み言（ごと）を残してやるからな。覚えていやがれ、こんちくしょう。

　雑賀サイタ、人生最大の危機到（とう）来（らい）じゃないか。

　ぶっちゃけ謎（なぞ）の組織に殺されるよりも、理（り）不（ふ）尽（じん）ながらも納（なっ）得（とく）がいく死に方が目の前に迫（せま）っている。

　自然現象ばかりは固有魔（ま）法（ほう）ではどうしようもないしな。いや、でも芸人でギャグが寒いと冷える的な奴（やつ）がいたような。

　まあ芸能界なんて遠い話はどうでもいいんだよ。

　外に出てコンビニで涼（すず）むか。それともファミレス――でも長時間は無理。

　エアコン修理も一週間後で、その間に雨とか降って地表を冷やしてくれないと乗（の）り越（こ）えられない暑さだ。

　冷房が壊れてわかったが、夜眠（ねむ）る時に体が熱持ったままだと疲（つか）れが取れない。

　熟（う）れた熱が疲（ひ）労（ろう）を溜（た）め込（こ）み、目覚めると同時にじわじわと体を蝕（むしば）む。日中はそのせいでどうにも本調子が出ない。

　体力が奪（うば）われ続ける。これ、あれだ。ゲームの毒沼（ぬま）に似た感覚だ。微（び）力（りょく）ながらも削（けず）り取（と）っていくスタイル。

　大（だい）和（わ）ヤマトはバイトで忙（いそが）しいから、むしろ家にあまりいない。

　でも俺は食事の用意に家事、部活動やその他諸（もろ）々（もろ）を含（ふく）めると家が中心地になる。

　人間の絶望って意外と軽いかもしれない。だって俺は今、現在進行形で、希望が見（みい）出（だ）せない。

　めちゃくちゃ困る。目の前が眩（くら）み始めた矢先だ。

「サイター！　梓（あずさ）が一時的だけど直せるかもって。あと椚（くぬぎ）が冷風機くれたよー」

　俺は生まれて初めて神に感謝した。まあ実際は何回かやっていそうだが、割（かつ）愛（あい）。

　きらきらした笑（え）顔（がお）の鏡（かがみ）テオが救いの天使だった。あと冷風機を運んでくれた多（た）々（た）良（ら）ララは女（め）神（がみ）だな。

　こうして俺は繰（く）り返（かえ）す命の危機をどうにか回（かい）避（ひ）し、その晩は二人の好物を作りまくった。

　――直す際に冷房の奥（おく）から黒い虫が出てきたのは、深く語らないでおきたい。