ごちゃまぜ！

サーモンに呼称を添えて（バシリス・クライム）

「あ、電話」

　夕食時、多（た）々（た）良（ら）ララは箸（はし）を置く。焼いた鮭（さけ）の切り身に頬（ほお）を綻（ほころ）ばせていた俺（おれ）――雑（さい）賀（が）サイタは珍（めずら）しいと思った。

　食事中は目の前の食べ物に集中するのが、多々良ララの基本だ。食い意地が張っていると言うべきか、礼（れい）儀（ぎ）正（ただ）しいと褒（ほ）めるべきか。

　なんにせよ、一声かけて廊（ろう）下（か）へと歩いていく彼（かの）女（じょ）の背中を見送る。

　ちなみに食（しょく）卓（たく）には枢（くるる）クルリ、鏡（かがみ）テオ、大和（だいわ）ヤマト、天（あま）鳥（とり）ヤクモ、青（あお）路（じ）シュウがいた。何故（なぜ）か勢（せい）揃（ぞろ）い。どうして集まったか、詳（しょう）細（さい）不明のまま。

　なんにせよ天鳥ヤクモは塾（じゅく）が休みで余（よ）裕（ゆう）があったらしく、青路シュウは職場が改装工事がなにかで臨時休業＆下の双（ふた）子（ご）兄（きょう）妹（だい）が友達の家に泊（と）まりらしい。

　七人分の食事を用意するのは中々に骨が折れたが、大和ヤマトと青路シュウの手伝いもあって、なんとか和食献（こん）立（だて）が成立した。

「いやだからパパからの連（れん）絡（らく）はまだだって言ってるじゃん。そういうママこそ……」

　味（み）噌（そ）汁（しる）を吹（ふ）き出（だ）しそうになった。喉（のど）に詰（つ）まって、咽（む）せる。

　まさかのイケメン女子高生の両親呼びがパパママだった。普（ふ）段（だん）はクール系な外見と性格のせいで、ギャップがすごい。

　廊下からわずかに聞こえてくる声に感化され、鏡テオが目を輝（かがや）かせて問いかけてくる。

「そういえば皆（みな）は両親ってなんて呼んでるの？」

　それ、下手すると地（じ）雷（らい）案件。踏（ふ）んではいけない猫（ねこ）の尻（しっ）尾（ぽ）並みの危険性。

　だが話を逸（そ）らそうにも微（び）妙（みょう）な空気。仕方ない、無難な俺からいくしかない。

「俺はお袋（ふくろ）とか親（おや）父（じ）だよ。ヤマトの家は？」

「うちは家族多いんで、大母さんとか大父さんとか呼んでるっす」

　小松菜の胡（ご）麻（ま）和（あ）えを美（お）味（い）しそうに食べている大和ヤマトからはやや意外な返事。

　でもそうか。確かに親（しん）戚（せき）も一（いっ）緒（しょ）に住んでいるから、区別が必要なんだろう。

「私は普（ふ）通（つう）に母様や父様だな。お爺（じい）様（さま）が目上の人は敬えと厳しくてな」

　天鳥ヤクモ、それは普通と言わない気がするぞ。

「僕（ぼく）はお父さんやお母さんだなー。日本語で最初に呼び方を覚えたのがそれだったし。クルリは？」

「ミチコさんとショウゾウさん」

　おっとぉ。やはり猫の尻尾を踏んだな。両親を名前呼びにさん付けときた。

　あまりにも他人行（ぎょう）儀（ぎ）すぎる。これは深く入（はい）り込（こ）んではいけない。

　天鳥ヤクモでさえ渋（しぶ）い顔で無言。めちゃくちゃ気まずい。

「じゃあシュウは？」

「お兄さんの家は両親が既（すで）に他界済みだからな。気にしないでくれ」

　地雷を踏むと、カチッと音がするんだっけか？

　今確実に一番やばいのを鏡テオが踏んだが、青路シュウが不（ふ）発（はつ）弾（だん）にしてくれた。

　くっ、やばい奴（やつ）らを最後にしたせいか、空気の重さが半（はん）端（ぱ）ない。誰（だれ）か打開策を出さないだろうか。

「日本語って呼び方に個性が出て面（おも）白（しろ）いね！　ドイツだとパパママが一（いっ）般（ぱん）的（てき）だし」

「そう考えるとパパママ呼びはグローバルっすね」

　鏡テオと大和ヤマトの会話により、若（じゃっ）干（かん）緩（かん）和（わ）された雰（ふん）囲（い）気（き）だったが。

「まあ、ちっちゃい子用の呼び方なんだけどね！」

　その結論を聞いた多々良ララが、廊下からきつい眦（まなじり）をこちらに向けている。

　無（む）邪（じゃ）気（き）さって時には残（ざん）酷（こく）だな。ああ、鮭の切り身美味しい。