第二章 第三話 野草商店のトリッタ、チョコット草と野草御飯に既視感を覚える……!?

 翌朝、私はのそのそと起床した。

 エッセルバートは出かけているのか、彼の姿はなかった。


「あれ……? 今日はエッセルバートはいないのか……?」


 色々遭ったのに、エッセルバートの日常は全く変わらないようだ。

 また、食べ歩きか、魚釣りなどをしに出掛けたのだろう。

 私は私で、野草を探しに『アイマイモ湖周辺の土地』へ行って来ようか、などと考えている。

 お腹が切ない音を立てて、私をキッチンにいざなわせた。

 野草のハーブの良い匂いが、部屋の中に充満していた。

 

「爽やかな匂いがする……! これって、今日のご飯……?」


 珍しく、パンではなくて御飯だった。

 御飯には野草が沢山使われていて、ハーブの匂いが食欲をそそる。


「食べてみるか……!」


 テーブルの席について、手を合わせる。

 私は野草御飯をスプーンですくった。

 そのまま、口に運ぶ。

 野草の際立つような良い匂いが、スパイスと調味料と相まって鼻に抜ける。


「あれ……? 美味しい……? 何だこれ……!」


 私は、皿の中が綺麗になるまで夢中で食べ続けた。

 スプーンを置くまで、ものの五分はかからなかった。

 私は、満足して椅子の背もたれに身を預けた。


「ん……?」


 手持無沙汰に持ったメモの文字が、光の加減で透けて裏の文字と合わさっている。

 裏にも文字が書かれてあることを、この時に知った。


「また、メモが置かれてある……。嫌な予感がするような……?」


 また、野草パン事件の時のように、メモの走り書きが置かれてある。


「だけど、エッセルバートの筆跡だ……! この間の犯人のものとは違う……!」


 筆跡とは、その人独自の文字の形だ。

 それで、犯人かどうかが分かるらしい。


 若覇者に賞品として頂いたアイマイモ湖ということもあり、私はそのエッセルバートのメモを信用してしまった。

 もし、以前のようなことになっても、美味しいには違いない。

 

【籠の中の『チョコット草』が高値で売れたら教えてね! エッセルバートより】


 メモには、そう書かれてあった。

 変な既視感が見え隠れしている。

 しかし、それは一見すると美味しい話だった。


「えっ……?『チョコット草』……? この野草って売っても良いの……?」


 見慣れない籠の中に野草が入っていた。

 野草の根には土がついていて、葉も元気で、まさに採れたてだ。


「ん? 『チョコット草』……? これって『チョコット草』だっけ……?」

「あのー、すいませーん。その『チョコット草』を、売ってもらえませんか?」

「えっ……! だ、誰……!」

「申し遅れました! 俺は、野草ハンターのフィッシュ・ロードバードと申します! お礼は弾むっていうか、100万Gでどうですか?」

「ええっ……! 本当にそんな買取価格でやっていけるんですか……!? ええっ、でも……!」

「『チョコット草』で100万Gなら、美味しい話だと思いますけどね!」

「た、確かに……!」


 でも、この違和感は何だろう。

 何か変じゃないか。

 美味しい話には裏があるというが……。

 『チョコット草』は、10Gから10万Gぐらいが相場だろうか。

 こんなに高値で買い取っても、フィッシュは損をしないのだろうか。

 やはり、変じゃないか。

 確かに、『チョコット草』は、季節が来ないと採れない。

 しかも、今の時期に、それが見つかるなんて珍しい。

 けれども、私なら野草ハンターから、100万G等という元が取れそうもないGで仕入れるだろうか。

 否、決して仕入れない!


「あのぅ、やっぱりおかしくないですか……?」

「えっ?」

「『チョコット草』を100万Gで仕入れたら、大損しますよ……?」

「そんなことないんです! 世の中にはがいるんです!」

「は、ハァ……?」

「そのマニアをうならせる一品なんです! 俺、頼まれているんです!」

「ま、まあ良いか……! じゃあ、100万Gで売っちゃいますか……?」

「じゃあ、交渉成立ということで!」


 私の目の前に、Gコインの入った袋がどさどさと置かれた。

 中身を見てみると、本当にGコインが入っていた。

 まぎれもないGコインだ。

 そして、フィッシュ・ロードバードは礼儀正しい感じで帰って行った。

 私は、100万Gで『チョコット草』を売り払うことに成功した。

 微笑みを浮かべて、フィッシュ・ロードバードの後姿を眺めていた。


「『チョコット草』が100万Gに化けるなんて……!」


 そんな喜びは、そのテーブルに落ちている葉っぱのせいでかき消された。


「ん……? あれ……? 『チョコット草』の葉っぱが落ちてる……?」


 それは、楕円形の緑の葉っぱだった。

 何故か、私はそれに違和感を覚えた。

 メモには、野草としか書かれてない。

 だが、フィッシュは、その野草を『チョコット草』だと決めつけて交渉してきた。

 だから、私はそれが『チョコット草』だと――。

 だが、それは間違いだったのだ。


「えっ……! あ、あれっ……? こ、これ……!」


 違和感を感じた私は、野草図鑑を持ってきてパラパラとめくる。


「これだ……! 花の形も大きさも、ほぼ同じ……!」


 私は、野草図鑑のページを指で叩く。


「『チョコット草』は、葉の形が線形だけど、これは葉の形が楕円形……!」


 私は、額をぴしゃりと押さえた。


「なんてことなの……! これは『チョコット草』じゃない、『トリュフ草』じゃないの……! なんてことなの……!」


 あまりのことに、私は天井を仰いだ。


「『トリュフ草』なら、1000万Gも下らないのに……! なんてことなの……!」


 しかしそれは、食べると美味しかった。


「私は、それを安値で売り払ってしまったのか……!」


 しかし、メモには食べてねだの、売ってねだのと書かれてあった。


「嘘だろ!? トリッタ!?」


 いつの間にドアが開いていたのか。

 そのドアの前にエッセルバートが立っていた。

 壁にかかっている時計に目を走らせると、もう昼過ぎだ。

 視線を戻せば、エッセルバートは瞠目したままで、唖然としてこちらを見ている。

 エッセルバートが、私が持っている楕円形のトリュフ草を目ざとく見つけた。

 無論、安値で売ってしまったために、その一枚の葉しかない。

 そう思った時、エッセルバートが駆け寄ってきた。


「えっ……? どうしたの、エッセルバート……?」

「そ、それ! その『トリュフ草』!」

「ま、まさか……!」


 この嫌な既視感は何だというのか。


「……!?」


 ま、まさか……!

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