第二章 第二話 野草商店のトリッタ、煮ても焼いても食えないを味わう……!?

「釣れた魚ってどれ……?」

「ほら、『キューボイド』一杯に釣れたんだ!」


『キューボイド』は、私の元の世界でいうところの『クーラーボックス』だ。

 この異世界では、クール・オッファーが考案した画期的な魔電までんということになっている。

 魔電とは、元の世界でいうところの家電のことだ。

 つまり、動力が電力ではなく魔力なだけだ。


 そして、私は『キューボイド』と聞いて、クール・オッファーを思い出した。

 もしかすると、エッセルバートはクール・オッファーを知っているかもしれない。

 とどのつまり、クール・オッファーに辿り着ければ、元のTエリアに帰れるかもしれないのだ。


「ねぇ……! エッセルバート……! 『クール・オッファー』って知ってる……?」

「えっ? 誰だろう? 知らないなぁ?」

「実は、『キューボイド』ってクール・オッファーの会社の製品なんだけど……! この『エ草サイザ』社の……!」

「えっ? 『エ草サイザ』社の経営者は、『クール・オッファー』じゃないよ? 『ホット・オーダー』だったと思うけど!」

「えっ……! 誰、それ……!」


 私は、愕然となっていた。

 地図からTエリアが消えて、クール・オッファーまでいなくなった。

 元の世界に帰れる手掛かりが消えてしまった。

 そうなってくると、イモダナも――。


 イモダナは今頃、どこで何をしているのだろう。

 元気でやっているのだろうか。

 そして、クール・オッファーの商談はもうなかったことになったのだろうか。

 それとも、イモダナのせいで滅茶苦茶になってしまっているのだろうか。

 多分、カスタードのせいで滅茶苦茶の賠償金問題に――。

 イモダナは、生きているのか、もう、死んでしまったのだろうか。


「……」


 私は、邪念を消すように、『キューボイド』の中の魚を確認した。

 全部同じ魚ばかり十数匹入っている。

 大きくもなければ小さくもなく、アイマイモ湖で釣れたのだから、湖にいる魚だろう。


「なんていう魚なの……?」

「えーっと? アイマイモ湖は鹹水湖かんすいこらしいから、鹹水魚かんすいぎょだと思う。この魚どこかで見たような気がするけど、釣れたのはこの魚ばかり!」

「じゃあ、私がこの魚を料理するね……?」


 侍従の一人がのぞき込んで、アッと声を出した。


「トリッタ、この魚は……!」

「……? この魚が何か問題でも……?」

「うーん、このさかなの名前は『マズイうお』と言って、煮ても焼いても食べれません!」

「えっ……? この魚って、食べれないの……?」


 魚料理を食べようと言われて、魚で釣られた私だったのに、まさか食べれないとは思いも寄らない。

 野草には詳しいが、魚にはとんと疎い私だった。

 侍従は、「はぁ」と残念そうに嘆息した。


「だてに『マズイうお』の名前がついてませんからねぇ……」

「でも、一応料理してみて!」

「分かった……!」


 エッセルバートの駄目押しで私は料理し始めたものの、私は『マズイうお』が本当に煮ても焼いても食べれないのかが気になっていた。

 料理している私の後ろで、侍従は『キューボイド』の中を確かめている。

 私は、そんな侍従に話しかけた。


「もしかして、アイマイモ湖ってこの『マズイうお』ばかりしか釣れないのかなぁ……? だから、若覇者は、あんなに簡単にあの土地をくれたのかなぁ……?」

「トリッタ、『マズイうお』は、『オイシイうお』の周りを泳いでいます。だから、『マズイうお』が一匹釣れると、そればかり釣れて、『オイシイうお』や周りの魚は、その間に全部逃げてしまうという……」

「それで、『マズイうお』ばかり釣れたのかぁ……!」


 マズいとわかっている魚を完食できるのだろうか。

 このエッセルバートの館に来てから、私はよく料理している。

 だが、魚料理を作ることはこの館に来てから初めてだ。

 果たしてこのマズイうおを美味しく調理することができるのか。


「で、できました! 『マズイうお』のムニエルです……!」


 料理の皿をテーブルに出した私は、『マズイうお』のムニエルのせいで、嫌な汗をかきそうになった。

 見た目は、とても美味しそうだ。

 しかしながら、匂いがもう、異世界転生しそうだった。


「アハハハハハ、ダメージくらいそうな匂いだけど味はおいし……がばぁ゛!」

「……!」


 エッセルバートは、テーブルに突っ伏したままで動かなくなった。

 私は、冷や汗だらだらで、料理の皿と突っ伏したエッセルバートを交互に見やった。

 どう考えても、エッセルバートが倒れたのは私の料理のせいだ。

 居候の私が、エッセルバートをモンスターのように倒すのは良くないのでは……?

 侍従たちは私の方を無言で睨んでいる。


「ハハハハハハハ……!」


 私の困り果てた空笑いが食堂に響き渡った。

 私は、侍従たちの鋭い視線を受けながら、フォークを手に持った。

 そのまま、『マズイ魚のムニエル』を口に運ぶ。


「そんなはずないじゃない、ほら美味しい……! ごばぁ゛……!」

「だ、大丈夫ですか! エッセルバート! トリッタ!」


 侍従たちはやっと動いた。

 侍従たちの悲鳴じみた声のせいで、辺りは騒然となった。

 流石に異世界転生はしなかったが、目を開けたら翌朝になっていたのだった。

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