第十七話 野草商店のトリッタ、オオセツカに勝つのか!? それとも、負けるのか……!?

「今回の勝者は、やはりオオセツカと言いたいところだが――」

「……!」


 やはり、勝者は若覇者が目をかけていたオオセツカなのか。

 私は静かに目を閉じた。

 しかし、負けを認めようとしたその時、耳に透き通った声が滑り込んできた。


「僕に野草を食べさせようとした根性が気に入った。ので」

「えっ?」


 流れが確実に変わった。

 私は、日の光を浴びたような心地で顔を上げた。


「勝者はトリッタとエッセルバートと、する」

「えっ……! 本当ですか……!」

「やったよ、トリッタ!」

「エッセルバートも……!」


 試行錯誤のパン製作の日々を思い出し、私は感極まって涙腺が緩みそうになった。


「勝者に何かを贈りたいのだが、トリッタとエッセルバートよ、何が欲しい?」


 手を取り合って喜ぶ私とエッセルバートに、笑顔の若覇者が尋ねた。


「えっ……?」


 急に何が欲しいと聞かれても分からない。

 クール・オッファーの商談のことを私はぼんやりと思い返していた。


「うーん……! 珍しい野草が取れる何か……!」

「ハハハ! また野草か! 伊達に野草商店を経営していないわけだな!」

「はぁ……! 珍しい野草は高値で売れますので……!」

「ハハハハハ! では、僕からトリッタとエッセルバートに『アイマイモ湖周辺の土地』を贈ろう!」

「えっ……! と、土地ですか……!」

「トリッタ! やったね!」


 思いも寄らぬ賞品に、私とエッセルバートは暫く喜びをかみしめるのだった。

 そのあとで、オオセツカに宮廷料理のフルコースをごちそうになり、名残惜しそうに『超絶天下~ナ・ラーヌ~』の店の外に出た。


「ならぬわ! と思うほど、美味しかったね!」

「そ、そうだね……!」


 エッセルバートは、改良した魚料理を食べさされて、美味しかったといわされて、複雑な様子だった。

 料理対決が終わった後で、私は若覇者から貰った地図を恐る恐る広げた。


「うわぁ……! 本当にTエリアが載ってない……!」


 私は青ざめたような気分で、その地図を閉じる。


「トリッタ、早く帰ろう?」

「あ、うん……!」


 エッセルバートの言葉が優しく私に届いた。

 私は、エッセルバートの乗っているボックスの方に駆け寄る。


「……」


 私は、ボックスに乗る前に、『超絶天下~ナ・ラーヌ~』の店構えを眺めた。

 急に、あの時のボックスの御者の声が蘇ってきて私は目を見張った。


「ここ……! ここどこかで見たと思ったんだけど……!」

「えっ?」


 急に話を振られたエッセルバートは、笑顔のまま固まった。


「私がエルバートの館から……!」

「ああ、俺に瓜二つって言ってたエルバートか!」

「ボックスの中でエッセルバートの所に来る前に見た景色の中に……!」

「この店があったの?」

「うん、御者さんが宮廷料理人がシェフだって言っていたこの店がここに……!」

「も、もしかしたら、帰れるかもしれないね!」

「えっ?」

「若覇者がくれた地図とは別の地図を作って書いておけばいいと思うよ!」

「あ、そ、そうだね……!」


 しかし、突然、それとは別の一枚のメモがはらりと落ちて、ボックスから遠くに飛ばされていった。


「あっ……! あのメモは、エッセルバートの偽物が書き残した、怪しげな証拠なのに……!」


 ボックスから降りようとしている私の腕をエッセルバートが引き留めた。


「あー、あんなメモ、もう良いよ!」

「えーっ……! でも……!」

「良いから! だって、俺はお咎めなしだからね?」

「うーん……! まあ、いいか……!」


 地図を書き込んでいたメモ用紙が夕焼けで茜色に染まる。

 夕暮れの中、烏たちが鳴きながら自分の住処に帰って行く。

 喜びと笑いと感傷的な何かが混ざった綺麗な空だった。

 そして、その空は、ボックスの中から私の方に向かって流れて行く。



★☆★☆★☆


 しかし、後からプレートに乗って来た誰かが、その風で飛ばされて行ったメモを反射的に受け止めていた。

 さっと口元の覆いを取ると、整った顔が現れた。

 目の白い部分をギラギラさせながら、そのメモを色の付いた目で確認する。


「ハハハハハ! あのトリッタという女、面白いぐらい俺のてのひらで転がされてくれるなァ!」


 それは、トリッタが料理対決に巻き込まれた原因のメモだった。

 それを、その男は、意味深にくるくると手の中で丸めていく。


「こんな感じで、俺に転がされて、俺の野望まで導いてくれるかもしれんなァ?」


 男は、その丸くなったメモを小さく小さくしていく。


「こんな感じで、コロロロと、なァ?」


 そうして、男は小さくなったメモを見て、ハハハと楽しげに笑っていたのだった。

 こんな言動でなければ、天真爛漫な微笑みを浮かべる絵になる一枚だったに違いない。

 しかし、この男は容姿端麗だが、事情があるのか性格にも難有りらしかった。


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