第五話 野草商店のトリッタ、事の顛末を知る……!?

「それが、話せば長くなるのだけれど、俺はこう見えても食にうるさい方で、有名なレストランに足を延ばしたり、そういうレストランのシェフを家に招いて作らせたりしている!」

「わー……!」


 エッセルバートは美食家で、趣味は食べ歩きなのだろうか。

 しかし、シェフを家に招いて作らせるなんて、相当名の知れた家なのか。

 私が、妙な感想をいだいていると、エッセルバートは微かに口元を緩めた。


「それで、この間お城で料理を作っていたというシェフが、レストラン『超絶天下~ナ・ラーヌ~』を開いたというので、こっそりと予約して店に食べに行ったんだけど。どうも、その料理が宮廷料理人の肩書が嘘ではないかと思えるぐらいの出来だったんだ!」

「わー、宮廷料理人……って、えっ……?」

「トリッタ、どうしたの?」

「えっ? いや、別に……!」


 エッセルバートのセリフに違和感を覚えた私だったが、それが何かが分からない。

 けれども、変なことを聞いたような気がしている。


「ううん、なんでもない……!」

「そう? じゃあ、話を戻すよ?」


 話を戻そう。

 そこまでの宣伝なら、期待外れもはなはだしかったのだろう。

 しかし、事前に何かを食べていて、味がかわってしまったからだとか、体調が悪かったからだとか、そのシェフに何かあったとか、不運なこともあったのかもしれない。

 まさか、シェフが偽物だということはないだろう。

 それがまかり通るならば、すべてのレストランが、この宮廷料理人という嘘の肩書で宣伝しているはずだ。


「そうした時だよ。俺が食べていた隣のテーブルで、もっともらしいことを言って褒めている連中がいたんだけど。『これは、鴨の焼き加減が良いよねぇ。中はジューシーで、外はパリッとしていて、また格別だよねぇ』そんなことを言うものだから、俺は、つい反論してしまったんだ。『全然だめだよ。こんなの。少し鴨の臭みが残っていて、マズいよ。お城で料理をしていたっていうほどの出来かなこれって? 嘘なんじゃないかなぁ? 高い材料なのに、お粗末だよ』って、気が付いた時には反論していたんだ!」

「ふーん……!」


 隣のテーブルに喧嘩を売るなんて、酒でも入っていたのだろうか。

 何故か、この先の展開が気懸りだ。

 やけに、私の手中の野草パンに目が留まる。

 嫌な予感がする……!


「そうしたら!」

「……!」


 エッセルバートの声に気付いた私は、ハッと我に返った。

 そして、エッセルバートの方を向いた。


「そうしたら、その人は言ったんだ! 『そうか? では、お前に命令を下す。でこれよりも美味いパンを作って、この『超絶天下~ナ・ラーヌ~』のシェフ『オオセツカ』と競うが良い』『二千G以内!? そんな安い材料費で!?』『勝てば、許してやろう』そう、その人は言った。だけど、俺は、意味が分からない。なんて、尊大なんだろう。『ハァ? 何だ? お前?』そんなことを言いながら、グラスを傾けていたら、『僕の顔を知らないのか。僕は、タこくを治める覇者の後継者である若覇者だ』『……なっ、若覇者!?』」


「えっ……! 若覇者……!?」


 エッセルバートは、とんでもない人に喧嘩を売ってしまったようだ。


『しかし、このシェフに負けたなら、お前たちシルヴィーン一族をすべて、地下牢につないでやろう』そういって、若覇者は、去って行った。俺のグラスの中身は全てテーブルにこぼれていた。そして、若覇者のお付きが、俺に対する命令文を書いた手紙を俺に寄越して去って行った。そういうわけだよ……!」


 あまりのことに、私は頭を抱えるしかなかった。


「嘘だ……! 失敗したら、シルヴィーン一族は地下牢……? 私、やらかしてしまった……! どうしたらいいの……!」


 私の片手には、野草パンがひとかけらだけある。

 あまりのことに、手が震えてくるようだ。


「噓だ……!」


 何故か、もう一度嘘だと言いたかった。

 どうやら、この野草パンには、シルヴィーン一族の運命がかかっていたらしい。

 食べてはいけなかった野草パンだからか、口にするとやけに美味しかった。

 私は、野草パンひとかけらを手に、暫く固まった。


「だから、俺は考えて、二千Gで最高のパンの材料を買いそろえた。それで全て二千Gだ!」

「えっ、そうすると、残りは……あっ、そうか……!」

「そう、残りは野草だ。野草なら最高に高価でも、自力で採れば無料だ。そこに目を付けた」

「そ、そうか……!」

「だけど、野草ハンターは既に若覇者に牛耳られていて、使い物にならなかった」

「……!?」

「だが、俺は『パン屋deパンパカパーン!』が野草ハンターを副業にしていることを突き止めた。俺は、それを利用したわけだ。けど、お前のせいで失敗だ!」

「っ……!」


 せっかく起死回生しようとしたのに、全て台無ししたのはお前だ。

 その事実を突き付けられた私は衝撃を受けたように崩れ落ちた。

 

「だ、大丈夫……! 私は、野草商店のトリッタだし……! 私なら、最高に美味しい野草パンなんて、何個でも作れると思うの……! 大丈夫……!」

「それは、本当……?」

「本当だよ……!」

「おおーっ!」


 鼓舞するように私が言うと、エッセルバートは何故か釣られるように拍手していた。

 余り当てにしていないような、お愛想のような拍手だったが、私には十分だった。


「それじゃあ、この館の裏側に裏山があるから、そこで野草を調達してね!」

「俺の裏山……!」

「そう! 俺の裏山!」


 エッセルバートは、ニッコリと微笑んだ。

 何故か、エッセルバートの山持ち発言に癒されてしまう私だった。

 

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