第四話 野草商店のトリッタ、野草パンの陰謀に巻き込まれる……!?

「ふわぁ……!」


 外は寒いはずなのに、館の中は暖炉の熱で暖かだった。

 そんな、一日が過ぎた昼のことだった。

 迷い込んだ客人の私をもてなしてくれた、エッセルバート・シルヴィーンは、今はどの部屋にいるのだろうか。

 私は、美味しそうな料理の匂いにつられて、彷徨うがごとく、そのドアを開けた。


 そこには、侍従の姿も一人もいない。

 しかしながら、ここは食堂のようで、お皿にパンが山のように盛られていた。


「うわ……! 美味しそうなパン……!」


 テーブルの前には、小さなメモが添えられてある。


『まだ、何も食べてないでしょ? この野草パンを好きなだけ食べてね?』


「ってメモに書かれてあるけど、食べて良いの……?」


 一つパンを手に取ってみると、まだ焼き立てで温かい。

 パンをちぎってみる。

 すると、野草パンの生地が綺麗な色に染まっていた。


「うわ……! パンに刻まれた野草が練りこんである……! この野草なの……? 滅茶苦茶いい匂い……!」


 珍しい野草の香りだった。

 一度、嗅いだことがあるかもしれないが、記憶の隅に追いやられているのだろうか。


「これ、なんの野草だろ……?」


 香りを楽しみながら、パンの甘い小麦の味に舌鼓を打ちながら、気が付いた時には、残りのパンが――。


「あ、あれ……? これ、ひとかけらだけ……? まあいいや、あーん……!」


私は、気にせずに最後のひとかけらを食べようと試みた。


「あーッ!?」

「……!?」


ドアが開いて絶叫が聞こえてきたので、私は野草パンを持った格好のまま、ドアのほうを向いて固まった。


「っ……!」


 誰かと思えば、エッセルバートだった。

 エッセルバートは足早にこちらにやってくる。

 私は、慌てて野草パンを咀嚼して飲み込んだ。


「あっ、エッセルバート……! おはよう……!」

「な、何をしてるんだ!」


 エッセルバートはわなわなと体を震わせている。

 何故か、怒り狂っているようにも見えるが。


「何って、朝食を……!」


 エッセルバートの方を不思議に眺めながら、私はまた野草パンを一口食べた。


「それ、それは! レストラン『超絶天下~ナ・ラーヌ~』に持っていく為の野草パンじゃないか! なんで食べてるの!」

「えっ……? でも、このメモの許可があるけど……?」

「誰も許可なんて出すはずがないよ! これは、届けるために別に置いておいたのに!」

「な、なんで……? なんで私、この野草パンを食べてるの……?」

「俺が訊きたいよ! 俺の汚名返上がかかっているっていうのに!」

「えっ……? 汚名返上って何の事……?」

「この野草パンに使われている野草は、もう手に入らないとまで言われた超レアな野草で作られているパンなんだよ! 『パン屋deパンパカパーン!』の店主に頼んで、五ヵ月も待ってやっと完成品を50個作らせたのに、どうしてくれるんだ!」

「待って……! 私は、これでも野草商店を経営している社長だから、超レアな野草でもなんなく集められると思う……! あっ、野草の名前のメモとかある……?」

「それって、本当? そんな君がこんな簡単にやらかしていいのか! ねぇ、パン屋『パン屋deパンパカパーン!』に連絡して……!」


 三分も待たなかっただろう。

 連絡を終えた侍従がさささーっとやってきた。


「エッセルバート様っ! あのっ、それが、超レアなあのパンに使われている野草はもうないそうですっ!」

「何日かかるって言ったの?」

「それがっ、一年待ちか二年待ちだそうですっ!」

「それで、野草の名前は訊いた? 野草が分かったら、こちらで何とかすると言っておいて?」

「あのっ、それがっ、『パン屋deパンパカパーン!』は、パンに使われている野草が何かを絶対に教えないと言い張っているのですがっ!」


 侍従は冷や汗たらたらな様子で、上目遣いでエッセルバートを見ている。


「それじゃあ、野草を手に入れようがないじゃないか!」

「は、はぁっ! でも、店主は野草は教えないの一点張りでしたっ!」


 確かに、野草が何か分かったら、エッセルバートは別のメモに書き写して渡すだろう。

 それにしても、野草の名前の分からないパンで汚名返上するなんて、無謀じゃないのか。

 私がそうぼんやり思っていたとき、エッセルバートがこちらを振り向いた。


「トリッタ。何か、俺に良くないことを思ってない?」

「いや、別に……!」


 私は、言葉を濁す代わりに、野草パンをもう一口食べた。

 そんな私の横で、エッセルバートは、壁を思い切りグーで叩いた。


「……っ!」


 頑丈な造りのせいか壁は壊れることはなかったが、大きな音が響き渡ったので、私は瞠目するしかなかった。

 怒って息を切らしているエッセルバートに、私は恐る恐る近寄っていく。


「……ど、どうしたの……?」

「食べるなよ!」


 しつこく野草パンを咀嚼している私に、エッセルバートが牙を剥いた。


「でも、この野草パンなら必ず勝てるよ……!」

「その野草パンがないんだよ! あんたのせいでなァ!」


 私は、野草パンを喉に詰めそうになって、ゴホゴホと咽た。

 エッセルバートから向けられた人差し指が私の片手を示している。

 その私の片手には、野草パンの無残な残骸が握られてある。


「……ッ!」


 エッセルバートは、怒りのやり場がないのか、髪をかきむしっている。


「ここまで来て、諦めなければならないというのか!」

「えっ……! こ、この野草パンの残りがあるけど……!」

「こんな一口サイズの欠片で事足りるわけない、よね!」

「うわぁ……! 野草パンがいつの間にか一口サイズになってる……!」

「その、しつこく咀嚼している口を止めろ!」

「……っ!」


 私は、軽いめまいを覚えた。

 私の野草商店も五分五分の確率で倒産確実と、カスタードは言っていた。

 このシルヴィーン家の一族も、このせいで汚名返上できないのだろうか?


「で、でも、この皿の前に置かれていたメモが……!」

「まだ言い訳するのか? そのメモを見せて?」


『まだ、何も食べてないでしょ? この野草パンを好きなだけ食べてね?』


「……何だこのメモは! 俺はこんなメモなんて書いてない!」


 エッセルバートが、誰も許可など出さないと言ったのが本当なのなら、私ははめられたのだろうか?


「誰がこのメモを書いた! すぐに犯人を探し出せ!」

「は、はいっ! 直ぐにっ!」


 侍従はお辞儀をすると、そのまま部屋から退室した。

 エッセルバートは、イライラしながら部屋を歩き回っている。


「このままだと、シルヴィーン家は地下牢に繫がれてしまう! 早く、野草を見つけ出して、レストラン『超絶天下~ナ・ラーヌ~』に持っていかなければならないというのに! どうしてくれるんだ!」

「わ、分かったよ……! 私も手伝うから……! でも、どうして地下牢に……?」

「嗚呼……、手伝うって君が? ハァ……」


 エッセルバートは、立ち止まり、仕方なさそうに頷いた後、理由を話し始めた。



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