第三話 野草商店のトリッタ、館から脱出する……!?
「そこの女!」
「止まれぇ!」
館の庭に出た瞬間、何者かが剣を片手に駆けて来た。
「ええっ! どういうこと! 取引成立した後は、消されるってことなの!?」
しかし、振り返れども、エルバートの姿もカスタードの姿もない。
向こうから剣を持った何者かが駆けて来るだけだった。
逃げようとした時、もう片方からも走って来る者がいた。
「あ!」
その走って来た者も、剣をそれぞれ握っていて、私を見つけると目を三角にして追いかけてきた。
「そこの女! 待てやコラァ!」
「……!」
身の毛を弥立たせた私は、声なき声を上げて一目散に走り去った。
勢い良くそのまま走り続けて、建物の陰に入ると、ようやく立ち止まる。
「……私、助かったの……?」
息を切らしながら私は、周りを確認する。しかし、周囲には誰もいない。
ほっと胸をなでおろしたその時、誰かの足音が近づいて来た。
「ヤバい……! 誰か来る……!」
人の気配を感じて、門の方に走った。
そうしながら、髪の毛を整えて、土を綺麗に払う。
そうして、
「こんにちは……! 今日も平和そうですね……!」
「ああ? 今日も良い時候で、何事もないよ」
門衛は、気だるそうにあくびをしている。
私がその手の曲者であることに気付くこともない。
そうして、私は難なく脱出に成功した。
「はぁ、良かった……!」
そう思う間もなく、後ろから誰か駆けてくる。
「待て! そこの女!」
「……!」
私は全速力で走った。
木陰に隠れようとしたとき、何かに蹴躓きそうになった。
「うわっ……! っと! 危なぁ……!」
何故、こんなところで眠っているのだろう。
それは、私に気付いて慌てふためく様子もない。
ぐったりとしていて重そうなので、私はごろんとその男を足から退けるように転がした。
「って、えっ、この人……! エルバート……!?」
それは、先ほど私にペンダントをくれた、エルバートだった。
しかし、彼は青ざめて血の気がないように見える。
私が起こそうとすると、やけに体が重い。
片手がだらんと垂れて、その方向にエルバートの体が転がった。
まるで、それは、人形のようで――。
「何か変じゃない、この青ざめた顔……! まさか、死んでないよね……!?」
「どこに行った!」
追っ手が私を探しているようだ。
私は城門の方に足を向けた。
「でも、それどころじゃない……! 今は、逃げる……!」
私は、宣言した通り一目散に逃げだした。
館の塀が長く伸びているその角を曲がったところで、綺麗なボックスが停まっているのを見つけた。
ボックスというだけあって箱の形をしている、言わばタイヤのない車だ。
これが、プレートのように宙を飛ぶ。
それに運転手ならぬ御者が運転席に座っている。
元の世界でいうタクシーだ。
私は、『ボックスのチケット』を手に御者に声をかける。
「ちょっと乗せてもらえませんか……!」
「良いですよ!」
私は、ボックスの窓から見えないように隠れた。
そのボックスは、ゆっくり宙に浮かんだ。
しかし、お城のお触れでそのボックスが飛べるのは地面から一メートルまでと決まっている。
だから、お城のお触れに則って、ボックスはゆっくりと街中を飛んでいく。
ゆっくりとした速度なのに、私は追っ手をけむに巻いて、難なくその場から脱出できたのだった。
ゆっくりゆっくり、そのボックスは進んでいく。
手の中には、あのペンダントがある。
それをポケットにしまう。
ボックスの背もたれは、ふかふかとしていて、あまり揺れを感じない。
喧騒を忘れると、疲れも心地よい眠りに変わってくる。
「ふあぁ……眠い……!」
「ここに看板が立ってるでしょ! 地下の階段を下りるとお店なんですよー!」
「へぇ……!」
立て看板の後ろは、柵で囲っていて、地下に続く階段になっているようだ。
ここも、ゆっくりと通過していく。
「……」
しばらく眠っていたようだ。
まだ疲れているのか微かに眠い。
うつらうつらしながら、ボックスの窓から流れる景色を眺めている。
「えっ? これ、建物の壁全体が魚の
口からこぼれた言葉に、明るい元気な声が後押しする。
「ああ、そこは高級魚料理専門のレストランですねー!」
ボックスの御者が解説しはじめた。
壁全体が魚の生け簀になっている建物の横をゆっくりと通過した。
見たことのない建物だ。
知らない街に来たのか。
まるで、旅行だ。
御者は、観光ガイドのように饒舌に話し続けている。
「このお店も珍しいでしょー。全面クリスタル張りでできている、開放感のあるスムージー専門店なんですよー!」
「ふーん……!」
全部透明で、巨大なクリスタルを彷彿とさせる建物の中には人が大勢いる。
その横も、ボックスはゆっくりと通過した。
ゆらゆらと、ゆりかごのように揺れて、日差しも暖かで気持ち良い。
私の目もとろんとしてくる。
「……!?」
しかし、私は周りの風景の既視感にギョッとして、再び目を見開いた。
「あれ……? さっき館から脱出したはずなのに、また舞い戻ってきたって言うの……!?」
豪奢な建物の横をボックスが走っていく。
「うそでしょ……! まさか、この御者さんって……!?」
「はぁ? お客さん、さっきから何言っちゃってるんですか?」
「でも、この白壁ってさっきの……!」
エルバートの館に舞い戻ってきたかのような軽い錯覚がした。
口からこぼれた言葉に、明るい元気な声が後押しする。
「ああ、そこは新しくできたレストランでしてねー! まるでお城みたいでしょー!」
ボックスの御者が解説しはじめた。
「宮廷料理人のシェフが料理作ってるんですよー!」
お城のような建物の横をゆっくりと通過した。
がらりと雰囲気が変わり、見慣れた建物が連なり始めた。
しかし、すでに私は夢の中だった。
ボックスの御者の観光ガイドを子守歌に、すやすやと寝息をたてるのだった。
★☆★☆★☆
何時間経過しただろうか。
私は、絨毯の上を歩く靴音で目を覚ました。
「……うう、ここは……?」
反射的に上体を起こすと、傍にいた誰かと目が合った。
「あれ……?」
それは、侍従だった。
その侍従と同じタイプの服を着たもう一人の侍従が向こう側にもいる。
その視界を誰かが遮った。
「えっ……?」
「ああ、目が覚めたか!」
侍従とは声色の違う低い声がした。
それは、私の知った顔だった。
「あっ……!」
それは、木陰で青白くなって倒れていた、あのエルバートだった。
「エルバート……!」
「エルバート? それは、誰だ?」
「えっ……?」
「俺の名は、エッセルバート・シルヴィーンだよ!」
「……あ、はぁ……エルバートじゃなくて、エッセルバートか……!」
「俺はエッセルバートだけど、あなたは?」
「私は、トリッタ……!」
他人の空似なのだろうか。
確かに、エッセルバートがエルバートのことを全く知らないのならば、他人の空似で赤の他人ということなのだろう。
「本当に、エッセルバートって名前なの……?」
「そうだよ! エッセルバートだよ! シルヴィーン一族のエッセルバートだよ!」
「シルヴィーン一族……?」
「ふーん……! あのぅ、本当にエッセルバートって名前なの……?」
「そうだよ! 俺が、エッセルバートじゃなければ、誰だっていうの?」
「えっ……!」
本当にこの男はエルバートではなく、エッセルバートなのだろうか。
それがそうなら、あの青白くなって倒れていたエルバートは大丈夫なのだろうか。
「……」
気になったものの、どうにもならない。
館の中を案内されるうちに、何故かここはシルヴィーン家の館らしく、カスタードの館とは全く違っていたことが分かったのだった。
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