第二話 野草商店のトリッタ、エルバートとカスタードに出会う……!?

 私の体はプレートから離れて行く。


「えっ……! うわあああああああああああああ……!」


 勢いよく、木々の生えた坂を転がり落ちていく。

 そして、速度が落ちて、誰かの足元で私の体は止まった。


「……!」


 私は、顔を上げて誰かを確かに見た。

 しかし、誰かのせいで、意識は暗転してしまった。


◆☆◆☆◆



 どこかの館の庭を、私は見下ろしていた。

 誰かが庭で落ち葉を箒で集めている。

 侍女二人と侍女長らしき人が、和気藹々と話している。

 その声が上空まで響き渡っていた。


「侍女長、これを集めてどうするんですか?」

「これを腐葉土にして、花の肥やしにするのよ! すると、元気な植物が育つというわけよ!」

「へえー!」


 私は感心しながら、そこへ上空から近づいて行く。

 侍女二人は、侍女長が離れていくのを確認すると、集めていた落ち葉を片手で鷲掴みにした。


「侍女長は向こうに行っちゃったよ! えーい!」


 そのまま、侍女の一人に向かって、落ち葉を投げつけている。

 紅葉した落ち葉は、黄色、赤色、茶色に、形も色々だ。


「何をするのよぉ! あっ、エルバート様だ!」

「えっ? あっ! エルバート様!」


 こちらに歩いてきたエルバートは、お辞儀している侍女たちに気づいたようだ。


「落ち葉で遊んでいるのか?」


 エルバートは、叱るわけでもなく怒るわけでもなく、ただ困ったようにそう言った。

 しかし、その目が冷たく冷えていたので、侍女たちの笑顔が陰った。

 この様子から察するに、いつものエルバートは友好的らしいが、どうやら今日は不機嫌らしい。

 そういうことだろう。


「いえ、エルバート様、違うんです! 腐葉土を作ろうと思いまして!」

「腐葉土……? まあ、良いだろう……ところで?」

『……?』


 エルバートは、侍女たちとは反対の私がいる方を振り向いて怒鳴った。


「そこの女!」


 私は辺りを見回したが、そこには誰の姿もない。

 ただ、私がその場に浮かんで、上空でエルバートと侍女たちの様子を窺っているだけだった。


『あれ……? 私、エルバートに気付かれてる……?』


「エルバート様って、何を仰っているの?」

「さぁ……?」


 何故か、エルバートだけ私の存在に気付いていた。

 しかし、途端に引き寄せられる何かを感じた。


『うわぁ……!』

「おい……!」


 エルバートは、私を追ってこちらに走ってくる。


『うわっ……! 何……!』


 意識が焦点を当てたように、そこに降りてくる感じがした。

 そこに広がる、大きな空間を感じた。

 そして、私は――。


「……!?」


 本が沢山あるような大きな部屋だろうと

 誰かがいるのか、物音が遠くまで響いている。

 その音がよく響く空間は、大きな部屋を連想させる。

 外から漏れる日の光が私の瞼の裏の毛細血管を際立たせている。

 その日の光が、その匂いを際立たせている。

 それは、本の匂いだった。

 一冊ではこんなに匂わない。

 この匂いだと数百冊はあるかもしれない。

 だから、私は本が沢山ある大きな部屋だと思ったのだ。

 小さな耳鳴りのような静寂の中、誰かが分厚い本を閉じる音がした。

 何故かそれは勢いよく立ち上がり、その誰かが足早に私に近付いてきた。

 このままでは、やられてしまう。

 それが私に手を伸ばした気配がしたときに、私はやっと目を開けた。


「……っ!?」


 目を見開いた私は、後ろに回された手に気づいた。

 それが縛られていることにも気づいた。

 本棚が壁の側面に並べられた大きな部屋が、視界に広がった。

 目の前のテーブルの上には本が無造作に置かれていて、椅子は斜めに引かれた格好で止まっている。

 誰かが、目の前にしゃがんでいる。

 逆光になっていたそれは、窓からの差し込む光の量が変わり、その姿をようやく際立たせた。

 更に、手が伸びてきたので、後ろに飛び退こうとした。

 目の前にいたのは、眼光が鋭い背の高いだった。

 何故か、後ろに飛び退けなかった――。


「気が付いたか、トリッタよ!」


 彼の薄い口元がニヤリと歪んだ。


「だ、誰……?」

「死んでいくお前に名乗る名はないのだ、トリッタよ!」

「何を言っているの……!」

「俺に朗報ろうほうがある! トリッタ、お前の取引は俺の偽取引により不成立になった!」

「な、なんですって……!」

「そして、トリッタ」

「な、何……?」

「お前の野草商店は、違反金の巨額の負債を抱えて倒産確実だ!」

「な、なんですって……!」

「もう一つ、俺に朗報ろうほうがある! お前の妹、イモダナは預かっている!」

「イモダナが……!?」

「そして、俺に朗報ろうほう速報そくほうがある!」

「な、何……!?」

「お前は、おそらくここで死ぬゥ! フハハハハハ!」

「……!?」


 私は、どこからともなく入ってきた侍従たちに、両脇からとらえられた。


「お待ちください!」


 突如、誰かが勢い良く部屋に入ってきた。

 今まで、扉の向こうで聞き耳を立てていたような頃合いだった。


「お待ちください! カスタード兄上!」

「ど、どうした? エルバート」


 何故か、先ほどのカスタードの威圧感がしょんぼりしている。


「……あれ! この女、!」

「……えっ……!? 夢じゃなかったの……!?」


 彼は、先ほどの背中に剣を携えたあの男、エルバートだった。

 エルバートは、私を見て瞠目の限りを尽くしていた。


「もしかして、私を助けてくれるんですか!」


 そして、エルバートは自ら申し出た。


「違う! カスタード兄上、私がこの女の始末をしますので!」

「……!」


 エルバートは私を助けてくれると思ったのに、勘違いだったのだろうか。


「ああ、任せたぞ」

「はい! カスタード兄上!」


 すぐに、エルバートに手を引かれて、違う部屋に連れて来られた。

 エルバート以外に人はいない。

 エルバートは、自分のペンダントを外して、私にそれを手渡してきた。


「えっ?」


 私はエルバートの行動が読めなくて、自分の手の中と彼を交互に見てしまう。


「トリッタよ。トリッタと私は初対面だが、君をあることに巻き込もうと思っている」

「えっ……? 何を……? これは……?」

「それを私はトリッタに預けておこうと思う」


 私は、ペンダントを手の中で確かめる。

 きらきらと輝くチェーンには、大粒の輝く宝石が通されている。


「私を信用するんですか……? 売れば高値が付きそうだけど……?」

「売れない。だから売ればすぐに足がついてすぐに地下牢の中だ」

「な、な……! 国宝……!?」

「君は、それに気づいたら直ぐに、そのペンダントを私に返しに来たくなるだろう」


 エルバートは、一体何を考えているのだろう。

 一体、何がしたいというのか。

 返すとか返さない等と、私をおちょくっているのか。

 エルバートの思い通りになると思っているのか。


「でも、これは捨てればいいだけの話でしょ……?」

「捨てれない。捨てるとトリッタ、君の人生が助からなくなる」

「何がしたいのよ……!」

「カスタード兄上も兄上だが、私も私ということだ」


 私は、つかつかとエルバートに詰め寄って、そのペンダントを押し返そうとした。

 抵抗むなしく、ノックの音が響いた。


「……!」

「どうぞ」

「エルバート様、準備ができました」


 侍女長と侍女たちは、カスタードに急かされているかのようだった。


「ああ。では、トリッタよ、付いて来るが良い」


 私は、侍女たちに導かれるまま、庭に連れて来られた。

 侍従たちが、大きな落葉樹の木の傍に大きな穴を掘り始めた。


「何を……!」

「まさか、ここに埋めるっていうの……!」


 侍女が、私に耳打ちした。

 それは、直ぐに私を落ち着かせた。


「では、暫しさようならだ。すぐに会うか、会わないかは」


 私は、その穴の中に入れられて、土をかけられていく。


「あなたの自由だ」


 頭上からエルバートの声がして、段々と遠ざかって行った。

 絶体絶命の中で、私の思考だけが鮮明になる。

 次の瞬間、私は脱出方法を思いついていた。

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