第一話 野草商店のトリッタ、事件に巻き込まれる……!?

 私は、トリッタ。

 異世界のTエリアで野草商店を経営している、十五歳のアトトリ娘ダ。

 この異世界では、野草は何万種類も自生していて、その中の大半は物凄く美味しい。

 大体を説明すると、一割毒で、一割マズくて、一割普通で、二割まあまあ美味しくて、三割美味しくて、二割は、悶絶するほど美味しい。

 そんな感じで、野草は野や山に自生している。

 それを商売にしているのが、野草商店のトリッタだ。

 異世界というのはこんな感じだが、この間まで元の世界で女子高生をやっていた私だったのに、気が付いた時には異世界にいて、トリッタをやっていた。

 明らかに妹だなァという名前の、妹のイモダナまでいる。

 なんてことはない店構えだが、かれこれ十年以上続いている。

 野草以外にも、香草や薬草も取り扱っている。

 有名なものから、レアなものまで、お手頃なものから、高価なものまで、色々揃えて売買するのが、私、トリッタの野草商店だ。

 一進一退の経営だが、なんとかやってこれた。

 先月、超美味しい商談が入り、超激レアな『タノミノツナ草』が手に入ると、野草商店の経営をたて直せる予定だ。

 激レアだが、『タノミノツナ草』は、見つけると美味しい。

しかし、栽培は不可能で、自生しているのを見つけるしか術はなく、一度採取してしまった後には違う野草が生えてきて、『タノミノツナ草』の姿は影も形もなくなる。

 そんな、摩訶不思議だが美味しい野草だ。

 今度の商談が上手く行くと、もう一軒姉妹店を出せるかもしれない。

 そうすると、妹のイモダナが姉妹店の店長になるということで、彼女も張り切っているというわけだ。

 一応、ここは、私が店長なわけだが、普段は接客ばかりだ。

 しかも、この頃は一攫千金の商談が気になって、玄関先を行ったり来たりしている。


「今度の商談を、絶対に成功させなくてはならない……!」


 そう意気込んだ時、私は小さな何かに気が付いた。

 向こうから何かが近づいて来ている。

 そんな予感めいたものに気づいていた。


「今日、届くはずの野草はもう運ばれてきたはずだし……! まさか……!」


 時間が惜しいということで、野草を取って来てくれる『野草ハンター』には、直ぐに届けてくれるように頼んである。

 向こうから、一攫千金の音がする!


「まさか……!」

「トリッター!」


 上空から私を呼ぶ誰かがいた。

 向こうから、一攫千金が近づいてくる!

 瞠目している私の前にが舞い降りてきた。

 その大きなプレートには大きなバックパックが一つ乗せられている。

 その後ろでキャンパー風の男勝りの女が、その大きなバックパックから取り出した何かを大事そうに抱えて降りてきた。


「トリッタ、野草ハンターのローズマリー・ウィークです。先月どうしても手に入れたいと言っていた、『タノミノツナ草』が偶然手に入って、直ぐに運んできたんですけど……」

「えっ……! 本当……! 確かに『タノミノツナ草』だ……!」


 こう見えても、一通り野草の種類や見てくれを頭に叩きこんである。

 確かに、文献で見かけたことのある『タノミノツナ草』だ。

 実物は、押し花にされて貼り付けてあったが、生で見たのは初めてだ。

 水分があったら、これが『タノミノツナ草』だろう。

 私はそう確信した。

 私は、それを確かめるように、何回も頷いた。

 そして、ローズマリーの方へ振り向いた。


「あの、ローズマリー……! 良かったら言い値で買っちゃいますけど……!」

「い、言い値で? 本当かなぁ?」

「言い値で……!」


 私の愛想笑いが、もはや満面の笑みになっている。

 ローズマリーは、私の言い値で買うの言葉が信じられなかったのだろう。

 ローズマリーは瞠目して、少しの間考えていた。


「じゃ、じゃあ、一千万支払ってもらえますか、なーんちゃって……」

「じゃあ、一千万Gで『タノミノツナ草』を仕入れちゃいます……!」

「マジでなの! い、一攫千金じゃー! ひえー!」

「少し待っていてください……!」

「お姉ちゃん! あとは、私が応対するから!」


 私は、妹のイモダナにその場を任せて、事務室に戻った。


「クール・オッファーに連絡しないと……!」


 そして、『顧客番号』を確認した私は、ヘッドセットのような通信機を頭に付け、『不思議な通話機』の番号を合わせて、クールに連絡した。


「そちら、クール・オッファーですか……! こちら、野草商店のトリッタです……!」

『はい、クール・オッファーです! もしかして、『タノミノツナ草』が手に入ったんですか?』


 明らかに、It’s so cool!というような、低重音の心地よい声がヘッドホンから聞こえてきた。

 確かに、彼は声もクールだった。


「はい……! その通りです……! 『タノミノツナ草』が手に入りました……! あのー、本当に五千万Gで……?」


 ローズマリーには言い値で一千万Gと言いながら、それ以上の五千万Gで契約している、ちゃっかりしている私だった。

 ヘッドホンの向こうからクールの笑顔が伝わってくる気配がした。


『もちろん! 契約成立ということで!』

「ほ、本当に……! じゃ、じゃあ……! 『不思議なクェッション・G』にサインされてある五千万Gは今日から使えるということで……!」

『そうですね!』


 私も、色々とメモしようと、インクのビンを開けて、ペン立ての『野草商店の粗品のペン』を手に取ったところだった。

 勢いよくドアが開いた。

 私は、ぎょっとして顔を上げる。

 インクが飛び散って――なかった。

 インクにペン先を突っ込まなくてよかった。


「トリッタ店長! 大変ですーぅ!」

「何……? どうしたの……?」

「イモダナが、『タノミノツナ草』を七千万Gで別の方と勝手に契約してしまったようなんですーぅ……!」


 私はヘッドマイクを、慌ててクールに聞こえないように手で握る。


「えっ……! 妹のイモダナが……? 止めてよ……! 私の方が先にクール・オッファーと契約していたのに……!」


 でも、七千万Gか……。

 インクの付いていない『野草商店の粗品のペン』の先で机の上のメモ帳を、突っつきながら考える。


「それがぁ、先ほど、別の取引先の方が待っているらしくて、超高級料理店の『超高速舌鼓ちょうこうそくしたつづみ』に、野草ハンターのローズマリーとイモダナが届けに行ったようなんですぅ……!」

「ええっ……! イモダナが……!」


 でも、七千万Gか……。かなり美味しい……。

 私は、そのまま天井を見上げる。

 報酬の頼みの綱は、妹のイモダナにあるのか……。


『あのー、『タノミノツナ草』は本当に手に入ったのかな?』


 ヘッドホンからクールの声が漏れてきて、私はマイクを握っていた手を離した。


「あと、一ヵ月ほど待ってもらうわけには……!」

『駄目だよ! 契約違反なら、この間そちらで個人的に購入した『オイシ草』の五百束の一千万Gもクーリング・オッフだよ!』

「クール・オッファーがクーリング・オッフしても良いんですか……!」

『個人的な購入だから構わないんだよー?』

「おっふ……! そ、そんな……!」

『クーリング・オッフが駄目なら、契約を遂行してもらえるかな……?』


 怒りを抑えたような声だった。


「じゃあ……? 『タノミノツナ草』は何時までに……?」

『んー? そうだね? じゃあ、明日の朝までに、お願いしようかな?』

「えー……! 明日の朝までに、ですか……!」


 窓の外は、もう夕暮れ時だ。

 突然、太陽を横切るように何かが光った。

 イモダナが乗ったプレートだ。

 それは、私を出し抜いて、颯爽とどこかに飛んで行ってしまった。


「……!」


 私は、思わず立ち上がっていた。

 その反動で、ヘッドセットの通信機が頭から首の方にずり落ちて、肩に掛かった。

 それを、そっと外して机の上に置くその私の手が、怒りで微かに震えていた。


「明日の朝までになんて間に合わないじゃないの……! イモダナ、何やってんの……!」


 呟いた声は、かなりの大音声だった。

 私は、駐板場ちゅうばんじょうに走った。

 駐板場ちゅうばんじょうに置いてあるプレートに乗って空に舞い上がると、私はイモダナの後を追い始めた。

 私は、風の抵抗を受けないように姿勢を低くして高速で飛んでいく。

 しかし、後ろから何かが撃ち込まれたような音がして、それは私のすぐ横を光速で通り過ぎて行った。

 あれは、魔法弾……!?

 その時、視界の隅で何かが動いた気がした。

 視線を走らせると、崖の上に装備品に身を包んだ女が、一人いる。

 確認したその後、私は妙な浮遊感を覚えた。

 その横で、プレートがくるくるとGコインのように回って――。

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