第2話 ビール缶は妹を応援する
あのあと――由美ちゃんが帰ったあと、みんなで会議をしたんだ。つまり――どっちを応援するか、ってこった。応援っつったって、俺たちは家具や日用品。俺に至ってはただのビール缶だからよぉ、応援したところで何も変わんねえんだが、こういうのはスタンスが大事なんだ。分かる? スタンスだよ、スタンス。
で、俺はどっちを応援するかと言うと――もちろん由美ちゃんだ。それは俺が由美ちゃんとちゃん付けして呼んでることからも察してもらえると思う。由美ちゃんの姉の――舞子と言ったかな、あの女はいけ好かねぇ。主人ともうそろそろ結婚だという話だが、正直2人の関係は冷え切ってるように思う。そう、例えば主人が冷蔵庫に入れたままになってる俺のアテみたいな感じでさ。
恋愛に必要なのはビリビリするような刺激さ。冷蔵庫の奴はそれが分かっちゃいねえ。俺があの子に熱を燃やしているのも、あの子が魅力的で、離れたくない、そういう強い思いがあるからじゃねぇか。冷蔵庫は冷たい女だ。恋愛なんかしたことねぇんだ。あいつ。俺のアテが可哀想だぜ。ずっとあの極寒の世界の中で一人ぼっちにされてるんだからよぉ。
……いや、正直に言うとさ、確かに贔屓っつーかさ、肩入れっつーかさ。それがねえとは言わねえよ? 確かにそうさ。でもしょうがねえだろ? 俺を見つけてくれたのは、他でもない由美ちゃんなんだから。
――
コンビニの缶たちにはルールがある。それは俺たちに課せられたルールではなく、人間たちが守らなきゃならねえルールだ。けどその日、悪質な客がそれを破りやがった。
手に取った俺を、レールの上に戻しやがったんだよ! 先頭から順番に取っていけば、次の奴が自動で前に出てくる仕組みになってる。あいつが取ったから俺の後輩が買われるのを待ってた。それなのに不良の奴、無理やり俺を元の場所にねじ込みやがった! 許せねェ、ご法度だ! そんなこんなで機嫌が悪くなった俺のもとに、主人と由美ちゃんがやってきたんだ。
「あれ、これ変な形」
そう言って由美ちゃんは傾いた俺を手に取った。今から一週間ほど前、そう、寒い冬の日だ。冷たく白い手が、俺の首筋を這った。快感でぶるっちまいそうだったよ。あの子の手は柔らかかった。
「だめだぞ、酒は」
とご主人は言った。なんだとてめぇ。こんな素敵な女の子にのんでもらえなきゃ、
「大丈夫ですよ、こないだ誕生日だったんですから」
由美ちゃんは微笑んだ。俺は由美ちゃんの手の中からその笑顔を見ていた。ああ、成人したんだなぁ。この子は、主人と酒を飲むのが嬉しくてたまんねえんだ。
「それでもいきなりビールは危ないぞ。ほら、お前はこっち」
あろうことか主人の奴、甘ちゃんが飲むようなチューハイを渡しやがった。子ども扱いしないでください、と由美ちゃんは抗議したが、主人は聞き入れなかった。
んで結局、俺は主人に飲まれることになった。部屋に入った時、俺は内心ビクビクしていた。冷蔵庫や電子レンジが、俺を持った由美ちゃんを睨むような視線を送ったからだ。
誰よあの女、舞子さんの妹じゃね、口々に2人は由美ちゃんをなじった。俺は救いを求めて冷蔵庫のそばにある彼女を見た。
こ、こんばんは――。
世間は彼女をゴミ袋なんて呼びやがる。けどよぉ、俺にやさしく声をかけてくれた天使を、そんな言い方ねぇよなぁ。
俺はその時、恋愛を知ったんだ。
由美ちゃんと、同じように。
その恋をみんなが見ている @moonbird1
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