その恋をみんなが見ている
@moonbird1
第1話 勉強机は整理したい
「状況を整理しよう」
と、私は言った。が、みんなから口々に批判される。
「整理とか言ってんじゃねーよ、お前んとこ一番汚ねーぞ」
「そーだそーだ、散乱してる!」
「ビールの缶ぐらいあっち持ってけば?」
「……状況を整理しよう」
私はもう1度言った。確かにこのワンルームマンションの中で、私が一番汚い。けれど私を汚したのは私ではなく主人なのだから、私の責任ではないはずだ。
「お前が片付けたらな」
冷酷な一言を発したのは電子レンジだった。普段はあれだけ熱くなるくせに、電源が入っていなければ非常に冷酷な奴だ。
「生憎だが、私には手がないのだ。主人か他の誰かが片付けてくれんことにはだなぁ」
「手足がないのは私たちだって同じよん、『勉強机』さん。大切なのは掃除してもらえるような気の使い方なのでは?」
今度は冷蔵庫。ここに来て長くなるが、今でもその(値段相応の)上品さは健在だ。それにしても、ただの勉強机がどうやって気を遣えばいいというのか。主人が社会人になってからというもの、私はもう勉強のための存在ではなく、「荷物置き」机となっているのだ。
「そうだぜ、さっさと俺をあの子のところに連れてってくれ」
ビール缶はちらりと冷蔵庫の向こうを見て、そして頬を赤らめた。恋愛――恋愛か。私の出自は馴染みのホームセンターだったが、ある時偶然高級な机に恋をしたことを思い出す。
主人も、恋をしているのだろうか。してはいけない、恋を。
「あー、スマホ忘れちゃった」
開けっ放しの窓から、若い女があわただしく家に入ってくる。靴を脱ぎ捨て私のところにやってくると、私の手前に置いてあったピンク色のスマホを手に取り、笑った。
「あはは、ドジだなぁ、私。……誰も、いないよね」
女は周りを見回すようにキョロキョロと視線を動かすと、不意に私に口づけをした。
「……好きです、おにいさん」
女はそう言った。私も少し、頬を赤らめた。状況も私も整理してほしい、と訴えたが、あいにく人間の女にはそれが通じない。
一方通行なのは、この女の恋と似ている気がした。
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