いい息の日


 ~ 十一月十九日(木) いい息の日 ~

 ※独立不撓どくりつふとう

  自分の力を頼りに、くじけず進む。




 楽しむために。

 だったら。


 これもあり。


「今日の活動は、バスケ部とチア部の見学……、ね?」

「部活探検関係ねえ。いつもやってる事じゃねえか」

「はい。これも、いつもの」

「おお。春姫ちゃんのサンドイッチ」


 春姫ちゃんがお弁当を作ってくれた日は。

 決まって体育館の隅にピクニックシートで陣取る俺たち。


 きけ子とパラガス。

 そして甲斐の応援をするのが。


 なんだかライフワークみたいになってきた。



 とは言えここの所、こっちも部活で忙しかったから。


 見学は久し振りなんだが。


 違う部の見学を経てから改めて見ると。

 まったく対照的だってことを。


 改めて思い知らされた。


「くそっ! 何やってんだ長野!」

「優太だってフォロー遅い~! 走れ走れ~!」


 チアの方も、きけ子が頑張ってるとこだが。

 今はバスケに集中だ。


 レギュラーチームとサブチームの練習試合。

 パラガスのやつ、いつの間にか。

 レギュラーチームの方のセンターやってる。


「か、甲斐君の凄さは相変わらずだけど……」

「おお。あいつ、上手くなったな」


 昼休みの1on1。

 二人の戦いは。


 ろくに勝てないパラガスがムキになって甲斐を誘って。


 最近じゃあ、朝も始業前に。

 やるようになったらしい。


 ……それだけ実戦経験積んだら。

 上手くもなるってもんだ。


「うわ。またブロックした」

「あ、あれじゃ遠くからしかシュート打てない……」


 年中俺にまとわりついて来る長い手が。

 二年生のジャンプシュートを叩き落すと。


 こぼれ球を拾った甲斐が。

 サブメンバー二人に絡まれながらも強引にシュートを決めた。


「そしてこっちは三点プレーか」

「三点?」

「バスケットカウントなんて珍しいもん見せてくれやがって」


 シュートモーション中の選手にファウルすると。

 普通は二本のフリースローが与えられるんだが。


 シュートが入っちまった場合は、二点入ったうえで。

 ワンスローの機会が与えられるというビッグプレー。


 これを、甲斐が難なく決めたところで試合終了。

 ダブルスコアの大差でレギュラーチームが勝利した。


「ここまで熱い試合見せられると……」

「やってみたくなる?」

「いや。食欲が増す」

「じゃあ、私の分もあげるね」

「おお」

「紅茶、いる?」

「おお」


 そして、試合直後に反省会。

 ピリピリとした空気の中。

 誰もが歯に衣着せず。

 お互いの悪い動きを指摘し合う。


「……あれじゃ、楽しくない、かも」

「いや? 強くなりたい、勝ちたい。それが目標って連中ばっかりが集まったんだ、あの方が嬉しいはずだ」

「なるほど……」


 そして、まるでテレビを見ているお茶の間家族。

 口ばっかり、さっきの試合で甲斐とパラガスの動きが悪かったところを解説していたら。


「お前、なにを偉そうに……」

「立哉~。お前、運動神経いいんだからバスケ部入れよ~」


 五分休憩のお約束。

 俺たちの元にやって来た甲斐とパラガスが。


 秋乃の準備したタオルで豪快に汗を拭きながら文句を言って来た。


「運動部は無理だ。俺は汗かくの嫌いだから」

「よく言う。毎朝ランニングしてんだろ?」

「なんキロ~?」

「最近は五キロ」


 未だに整うことを知らない。

 荒い呼吸の合間に言葉を挟み込む。


 そんな二人の息は。

 楽しそうに弾んでいて。


 俺たちの話に、言葉じゃなくて動きで混ざってくる秋乃が勧める。

 タッパーに並んだサンドイッチ。


 あっという間に残りを全部食いやがった。


「いつもいつも良く食うな! まだ動くんだろ!?」

「サンドイッチ二個ぐらいで動きが変わるかっての。よし、行くか!」

「舞浜ちゃ~ん。妹ちゃんに、サンドイッチご馳走様って言っといて~」


 ……やれやれ。

 容赦ねえなお前ら。


 さっき、きけ子にも食われたから。

 都合、二つしか食えなかった。


 でも、甲斐もきけ子も。

 相変わらずなことを口走るパラガスも。


 体を動かしてるヤツがガツガツ飯を食うと。

 かっこよく見えるから不思議なもんだ。


 ……なんて思ってたのに。


「こら長野! お前の息、玉子くせえ!」

「え~!? 優太も同じですよ~!」

「……いや? 甲斐の息は爽やかだぞ?」

「なんで~!?」


 でも、やっぱり。

 何をしてもかっこいいやつと。

 そうでないやつはいるらしい。


「……バスケ部の活動内容、ちょっと書き加えておくか?」

「サ、サンドイッチを合間に食べる……?」

「うはははははははははははは!!!」


 ちげえって。

 俺は笑いながらリストを広げると。


 秋乃はシャーペンを片手に。

 こくりと首を傾げながら。


「全国を目指す、ストイックな部……」

「おお、いいね。もう一声」

「目指せ、甲子園」

「目指さねえよ」

「じゃあ、バスケはどこを目指すの?」

「知らん」

「……目指せ、大工町」

「うはははははははははははは!!!」


 仕込んだネタでも。

 ただの会話でも。


 おもしれえことばかりしやがる秋乃。


 俺は、空欄に『舞浜部』と書いて。

 活動内容に、『誰かを笑わせる』と書くと。


 秋乃はわたわたしながら俺の名前を書いて。

 立……。


「こらきさま」


 俺に、慌ててリストを回収させた。


「か、返して……」

「返さねえよ」

「いくつか、修正しないといけないから」

「ん? 何を?」


 真面目な顔で手を出されちゃ仕方ない。

 俺は秋乃にリストを返すと。


 こいつは化学部の欄に書かれた二つの米印を。

 バッテン付けて消しちまった。



 ……米印二つ。

 その記号が表すのは。


 分裂の危機がある部活。


「そうか。もう、あそこは大丈夫だよな」

「うん……。そして、部活探検同好会としての問題解決も、あと少し……」

「それ、ずっと言ってるよな。なんだよ問題って」

「解決出来たら教える……、ね?」


 俺に内緒で。

 何かを一人で解決しようとする秋乃。


 基本、誰かに頼ってばかりのこいつが。

 独立不撓どくりつふとう


 部活を通して。

 成長しようとしているのか。


 俺は、そんな友達のことを尊敬しつつ。

 そして少しの不安を抱きつつ。


「……なんだか分からんが、頑張れよ」

「うん」


 励ましの言葉をかけてやった。



 ……の、だが。



 いやはや。

 やっぱりこいつは。


 俺を笑わせることしか考えてないようだ。


「うはははははははははははは!!!」


 さっき書いた俺の名前。

 そこにこいつは。



 米印を二つ書き足していた。



 大変だっての。

 分裂したら。


 ……いや?


 そうなれば、一人が立たされてる間にもう一人が勉強できるか。


「ううん? 二人とも立たされる……」

「読むなよ考えてること」

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