土木の日
~ 十一月十八日(水) 土木の日 ~
※
頼みに出来るものが無い
「こんなもんか?」
「いーねいーね! こっちの、自称アジアナンバーワン大工の仕事より断然いーね!」
「ひどいよ凜々花ちゃん……」
「でけえ風呂敷広げるからそうなる」
料理とか、掃除とか。
家庭スキルについてはからっきしな親父がうな垂れてるが。
機械関連については大したもんなんだから。
下手なことで見栄張るんじゃねえよ。
凜々花に頼まれて。
調子に乗って木の板を買ってきて。
横板を五枚。
壁に釘を打って渡しただけの棚を作った親父なんだが。
「見事に傾いてるよな」
「で、でもこれ……。上からビー玉落とすと、順繰りに転がり落ちて楽しい」
「それ、フォローじゃなくてとどめになってるぞ?」
わたわたしながら。
親父の両ひざを地につけるセリフを吐いたこいつは。
両端の位置が揃ってなくて。
一枚一枚傾いてるからそうなるんだっての。
「……立哉さんの仕事は完璧だな。比較するのは申し訳ないが」
そして、親父の面白オブジェの隣に作った俺の棚へ。
凜々花と一緒に雑誌やら花瓶やらを乗せる春姫ちゃんは。
「……男性の、力仕事する様子はあまり見慣れていないからな。頼もしくて惚れ惚れする」
嬉しいことを言ってくれた。
だが秋乃は。
「たつ、保坂君の作った方も、少し曲がってる……」
親父のフォローをしたかったんだろうけど。
ひでえことを言ってくれる。
「ちょっとくらい、いいだろ。素人の仕事にしちゃかなり良くできてねえか?」
「に、日曜大工部として全国を目指すには足りない……」
「部活だったのか。全国大会、どこで開催するんだ?」
「岐阜市大工町」
「ちけえな」
もっと都心に近いとこにだってあるだろうよ、大工町なんて地名。
この辺りで全国大会開こうもんなら。
交通の便がよろしくねえっての。
……秋乃と春姫ちゃん。
棚を作るから見に来いと。
凜々花に誘われるがまま。
遊びに来たんだが。
こんなの見たところで楽しくもあるまい。
しょうがないから晩飯くらいご馳走してやろう。
今日はシチューフォンデュにするつもりだったから。
何人増えても食材は十分足りるし。
「ほれ、親父。すぐ飯作りてえから、テレビの棚戻すぞ」
「そ、そうだね……。お兄ちゃんは器用だねえ」
「お前が不器用なだけだ」
そんな言葉に苦笑いを浮かべる親父の。
要領の悪いことと言ったら。
そっちから持ち上げようとしてどうする。
壁に挟まれたいのか?
「おや? これ……、凜々花ちゃんのかい?」
「ほえ? テレビの台はいらねえから、おにいのでいいよ?」
「おい」
「そうじゃなくて、テレビ台の下に巻物が落っこちてて……」
そんなこと言いながら下ろすな。
しょうがねえから一人で戻してると。
親父が紐をほどいて。
最初の数行を覗かせた巻物。
そいつを見て。
俺は、頭を抱えた。
「秋乃のいたずらだ」
「え? …………そこには、仕込んだ覚えない」
「そこにはって」
何か所にネタ仕込んでるんだお前は。
そんなだからこいつの存在忘れちまったんだろう。
「お前以外に書くやついないだろうが、同好会の会則なんて」
「ううん? 私じゃない……、よ?」
ウソつくな。
俺が書いたものじゃねえなら。
お前しか書かねえだろうよ、部活探検同好会の会則。
でも、巻物に墨書き。
なんとも味のあるこの字。
秋乃の、かっちりとした筆跡とは程遠い。
「…………じゃあ、凜々花のものか?」
「んだからテレビ台なんていらねーってば」
「ついてこいよ流れに」
「流れ? ……なにその巻物! 秘伝書!? 凜々花、土遁の術できるようになりてえ!」
「ただの部活の会則だ。……土遁?」
「ブラジル行ってみてえんだ、凜々花」
「陸路で行こうとすんな」
とんだ密入国を企てる凜々花にせっつかれて。
巻物を床に置いてみると。
みんなが顔を寄せてきた。
「……部活探検同好会、会則?」
「ど、どういうこと?」
「俺が知りてえ」
そのタイトルに書かれた文字を見て。
秋乃は目を丸くさせると。
慌てて隣にしゃがみ込んで。
長い髪を巻物の上に這わせるほど覗き込む。
「……立哉さん。目的が叶ってよかったではないか」
「俺が仕込んだわけじゃねえっての」
とは言え鼻の下伸ばしてる場合じゃねえ。
秋乃から離れねえと。
俺はくるくると巻物を広げながら、膝歩きで離れてみたが。
「……策士」
「だからちげえって」
秋乃も肩を寄せながら。
一緒に横移動。
「寄るな」
「つ、続き……、早く……」
親父、お袋、凜々花。
秋乃、春姫ちゃん。
この五人のうち誰かが書いたもの。
一番怪しいのは親父か。
「こら親父。どういうつもりで書いた」
「ぼ、僕じゃないよ!? 前に住んでた人の物かな……」
「なわけあるかい。…………ん? いや?」
六本木さんも雛罌粟さんも。
お向かいでバイトしてたわけだし。
経緯は分からねえけど。
「二人が書いたものって可能性もあるかな?」
「こ、これ……、答えが書いてあるかも……、ね?」
「部活探検同好会の目的のことか?」
今までさんざん悩んで。
そして、俺たちなりの答えを出した活動内容。
でも、ひょっとしたら。
まったく違う答えが書いてあるかもしれない。
……秋乃に肩を押されるがまま。
巻物を広げていくと。
目に飛び込んで来た項目タイトルは。
まさに。
『参条・部活探検同好会の目的』
「や、やっぱり、あった……、ね?」
「お、おお」
これ。
このまま続きを読んでいいのだろうか。
せっかく方向性を掴んだというのに。
また一からやり直しって事にはならないだろうか。
くっ付けた肩を通して。
秋乃にも、そんな俺の気持ちが伝わったのか。
少し離れて。
俺の目を見つめる。
「だ、大丈夫……、だよ?」
「そうかな」
「うん。今の答えを、より良いものに出来ればいいし……。納得できなかったら、見なかったことにすればいいと思う」
……俺とお前。
二人の部だから。
例え、先輩たちが決めたことでも。
従うことなく。
自分たちのやりたいようにやればいい。
あの二人が。
再三言ってきたこと。
自分たちのやりたいように。
俺は。
そんな言葉を信じて。
「…………よし。例え何が書かれていたとしても」
「私たちのやりたいように……、ね?」
巻物を。
一気に広げると。
そこに書かれていた言葉は。
『そんなの
みんなの好きにやりゃいいの』
「うはははははははははははは!!!」
「じゃ、じゃあ……。ひょっとして、二人が言ってたのは?」
「こいつに則ってるってわけか!」
なんてふざけた会則。
どんなつもりでこれ書いたんだよ。
俺が脱力して。
浮かしてた腰を落とすと。
秋乃は逆に腰を上げて。
巻物を最後まで広げ切る。
「ははっ。最後、いいこと書いてあるじゃねえの」
「変な巻物だったけど……。素敵、だったかも。……これ、保坂君が書いたんじゃないの?」
「ほんとに俺じゃねえっての」
「そう……」
秋乃は、再び頭から。
誰が書いたのか分からん巻物を。
ゆっくりと読み始める。
そんな横顔を見つめながら。
俺は、胸のつかえがすっかり取れた心地で。
絨毯に身を投げ出した。
……根本的なことを忘れてた。
これは。
部活だったんだ。
部活である以上。
何かを学ぶ必要があるわけで。
でも、その何かに。
「決まりなんて、無いってことか」
俺は、この一ヶ月。
部活探検同好会なんてものに入ったせいで。
部活の意味を。
人の関りを。
いろんなことを考えて。
そして学んできた気がする。
答えに従うんじゃなくて。
答えを探すこと。
それもまた。
勉強。
「同好会、入ってよかった……、ね?」
そう言いながら。
秋乃が指でなぞる最後の一文。
俺も体を起こして。
そいつを眺めながら。
「ちきしょう。俺たち、あれこれ思い悩んだのは会則違反だったのか」
もう一度。
腹の底から大笑いした。
『楽しいことだけして
嫌なことはしないでいいの
何かを学ぼうとか考えないで
しれっと何かを学べればめっけもん
だって
そじゃなきゃ帰って寝てた方がまし』
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