将棋の日
~ 十一月十七日(火) 将棋の日 ~
※
広い心で小さなことにこだわらない。
ほんのいくつか。
欠けているのが気にかかる。
部活網羅リストに。
詳細が書かれていない所があって。
ここについては。
ルールが分からないから見学していないのだと。
わざわざ俺たちのクラスに来て。
お昼ご飯を一緒に食べた六本木さんが。
笑いながら教えてくれた。
……だから、ある意味。
俺たちにとって初めての活動。
リストを埋めるべく。
放課後、扉を叩いたのは。
「ようこそ、将棋部へ!」
学校創立以来。
県内で何度もタイトルを取っているという名門部。
その、眼鏡率の高い部室である。
「ルール、簡単なのに……、ね?」
「知ってるんだ」
「日曜の朝、将棋番組見るのが楽しみ……」
予想外な趣味をカミングアウトするのは。
そんなこいつの言葉を聞いて。
部の先輩方は騒然とする。
「女子が来ると思って、準備してたのに」
「挟み将棋とか」
「山崩しとか」
「回り将棋とか」
「詰将棋とか」
そう言いながら差し出された盤面。
あっという間に秋乃が三手詰めを解いて部の皆さんに歓声を上げさせると。
「同じ『三』なら、三面打ちしてみたい……」
無茶なことを言って。
俺の眉根に皺を寄せさせた。
「大きく出たな。将棋部の皆さん、ホントに強いと思うぞ?」
「でも、一度やってみたかった……」
困ったやつだ。
でも、やってみたい案件でこいつが簡単に折れるはずも無し。
「すいません。勝負にならないとは思うんですが、付き合ってもらっても?」
「構わんぞ」
「じゃあ、やってみるか」
テーブルに並べた三つの将棋盤。
俺は真ん中に。
先輩方が両隣に。
そして秋乃は。
一人で、三人を相手に指し始める。
こっちは気軽に、世間話なんかしながら指していたんだが。
でも、中盤に差し掛かると。
次第に口数が減っていく。
「ん?」
「これは」
「……ふむ」
「上手いな」
「そうか?」
しきりに感心して。
腕組みなど始めた両サイド。
俺は手持ち時間を使って。
二つの盤面を見ると。
「へえ」
秋乃のヤツ。
やや押され気味ながらも。
なかなか面白い手で翻弄しているように見える。
特に右側。
ちょうど目にした桂馬打ち。
一件、無駄な一手だが。
「これは……」
後々に生きてきそうな。
味のある一手。
一体、何手先まで読んでいるのか。
さすが秋乃。
その天才っぷりは底が知れない。
……だというのに。
「俺を舐めてるのか?」
「そんなこと、ない……、よ?」
中央の盤面だけ。
無茶苦茶だ。
派手に攻めて。
自陣はスッカラカン。
……将棋も。
友達ができるかもと思って覚えてみたが。
同世代の連中じゃ、俺の相手にならず。
逆に誰もが離れていった苦い過去。
「そんなトラウマに裏打ちされた実力を見せてやる」
「トラウマ?」
「こいつは虎じゃなくて馬だがな」
一度は攻めて。
その後、守りの要になっていた角だが。
「ほれ。王手飛車取り」
さすがに三面打ちでは集中力が持たなかったんだろう。
歯抜けの守備。
その間隙を突く一手で。
……そう思っていたんだが。
秋乃は、いそいそと飛車を避ける。
「こら。王手だって言ってんだ」
「べ、別に構わない……」
構わねえってどういうことだ。
左側で絶妙な手を打つ秋乃は平気な顔してやがるが。
諦めたってことか?
「まあいいか。じゃあ、一勝目は俺が……、ん?」
そして伸ばした指の先。
開戦から一度も動くことのなかった敵の王将に。
違和感。
「おまえ、これ……」
「戦の定番。影武者……、でござる」
「やかましい!」
『王』の字の横に。
小さく書かれた『でござる』の文字。
取り上げて。
真ん中からパカッと開くと。
「…………影武者の人選」
こいつにござるとか言わせるな。
日本の王より遥かに大物だと思うぞ、ナポレオン。
コマから出て来た小さな人形。
馬に乗ったナポレオンを王の代わりに置いてから。
「で? 本物はどこにいる?」
盤面の、至る所を探してみたんだが。
どににも王がいやしない。
「こら。どこに隠した」
「木を隠すなら、森の中……」
王がいっぱいいる場所?
そんなのどこにある。
「………………大田区さん」
「何の話?」
「なんでもねえ」
我ながらバカバカしいことを言った。
もうちょっと考えよう。
えっと……。
「いた」
いや、いたにはいたが。
「どうしろっての」
秋乃の手元にある。
手駒用の台。
歩と桂馬に並んで。
しれっと王様が高いびき。
そして呆れてため息を吐いた俺の。
右の対局の方で。
「よし! これで詰みだ!」
先輩が勝負を決めた瞬間。
「あ、それじゃこの方を……」
こっちの手駒から。
王をお隣りの盤面に出現させた。
「うはははははははははははは!!!」
「なんじゃそりゃ!」
「こらこら! ライフ二個あってどうする!」
「しかも、俺が倒せんぞそいつ」
「じゃあ、こうすれば……、ね?」
「ね? じゃねえ」
秋乃は、二つの将棋盤をくっ付けて。
十八×九の巨大フィールドを出現させた。
「あはははは! 急にルール無用になったな!」
「よし。先輩はそっちの王にとどめをさしといてください。こっちの王は俺が引き受ける」
そう言いながら。
俺は盤面の隅にいた銀を。
隣の盤面に移動させた。
……結局、将棋盤三枚。
二十七×九の戦場にして逃げ続けてみたものの。
俺たちが一手ずつ指すのに対して自分が一手では戦えるはずもなく。
「ま、まいりました……」
「あたりめえだ」
あっという間に勝負はついたんだが。
先輩たちは終始笑いっぱなし。
「飛車つええ!」
「二十ます先から飛んでくる恐怖」
「よし、こっちも二つくっ付けてやってみるか?」
「王って、取ったら持ち駒になるのか?」
そして秋乃のせいで。
下らん遊びが流行ることになっちまったけど。
どうすんだよこれ。
「……途中までは、大したもんだと思ってたのに」
「負けるの、いや……」
だったら一対一でやりゃいいのに。
好奇心の方が勝ってるなんて。
そう。
途中までは。
ほんとに感心してたんだ。
特に印象深い。
未来を見据えた一手。
あの、絶妙な桂馬打ち。
その手が役立つことはなかったけど。
将棋の世界では無駄な手になったけど。
先を見据えて。
今できることをする。
まるでそれは。
部活動のような物じゃないか。
「今日は、部活っぽかった……、ね?」
「ん? ……ああ」
例えそれが。
将来の自分に役立つことは無かったとしても。
学生の間は推奨される。
部活動。
友達と過ごすための時間であり。
精神を成長させる場でもあり。
そして。
「楽しかった……」
なにより。
楽しむための場。
「……でも、これはやりすぎ」
歩を三枚合体させると
駒が駒の上に乗って移動できるとか。
至る所で生まれる新ルール。
今後、この伝統ある部が弱くなったとしたら。
その要因は。
満足そうに皆さんを見守るこいつのせいだと思う。
……部活探検同好会。
その集大成のリストには。
将棋部の活動内容。
俺たちが来る前の状況を。
勝手に推測して書くことにしよう。
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