いいひざの日


 出会いは結局。

 運やタイミング。


 もしも、そこに能動性を持たせるには。

 積極性やバイタリティーが必要で。


 でも、大抵の人間には。

 少なくとも、高校に入学したての人間には。


 そんな力が備わってるはずもねえ。



 だから、大抵のやつは。

 与えられた環境で。


 自分の理想に一番近い状況を。

 なんとなく築き上げるんだ。



 そしてそれを。

 上手くできたやつらが。

 口をそろえて言うのさ。



 これは。


 運命だってな。




 ~ 十一月十三日(金) いいひざの日 ~

 ※粒粒辛苦りゅうりゅうしんく

  努力と、その結果の事。




 さて、しばらく目を背けて来たが。

 さすがに向き合わなきゃならんだろう。


 重たい腰を上げて。

 呼び出した、三つの部活。


 サッカー部。

 ワンダーフォーゲル部。

 ボードゲーム同好会。


「…………えっとな? これは強制でもなんでもなくて、ただの提案なんだが」


 ワンゲルにいる、サッカーをしたい連中はサッカー部に戻るよう。

 サッカー部のほとんどを、ボードゲーム同好会に入るよう。

 そしてボードゲーム同好会のメンバーの内、手品をしたいって言う連中にはマジック研究会と化学部を。


 自分たちがやりたい事。

 高校三年間、打ち込める場所を。

 それぞれに紹介してみたが。


 返って来た反応は。

 揃いも揃って渋い顔。


「いや……、それは……」

「もう、ずっとみんなと一緒だし」

「俺も、今の環境で満足してるかな……」


 実は、このリアクション。

 想定の範囲内だったりする。


 何か所かの部活をめぐって。

 理解したことは。

 結局……。


「気分を害したかもしれねえが、今のままでほんとにいいのか? 例えばサッカー部が二つあってもいいわけだし。実は、野球部にも真剣にサッカーやりてえってやつがいる」


 俺がまくしたてるのを。

 興味深く聴いている奴は、ここにはいない。


「散々ある部活、沢山の生徒。マッチングする情報を提供するの、間違ってるか?」

「いや? 間違ってはいないんだが……」

「もっと早く声をかけてもらってれば、な」

「そうだな。役に立ってたかも」


 ……例えば一年生なら。

 例えば新学期早々なら。


 間に合ったのかもしれない。


 でも。

 いまさら手遅れだし。


 しかも。

 例えば新学期早々に情報提供できたとしても。


 そこがそいつの理想通りになるかどうかは。

 『かもしれない』に過ぎねえわけで。


 いい例が目の前に。

 その時集まったメンバーが。

 偶然ほとんどボードゲームにはまったから。


 今のサッカー部がある。


 この部だって、新入生を迎える際は。

 ボードゲームなんてしていなかったと思うんだ。


 ケセラセラ。

 運否天賦うんぷてんぷ


 結局。

 なるようにしかならない。



「もう一度聞くぞ? 今のままでいいんだな?」

「そ、そうだな……」

「お前、やりたがってたろ? 所属変えてもいいんだぜ?」

「いやいや。俺を追い出す気かよ冗談じゃねえ」


 自分の、理想の場所。

 出会うためには、積極性が必要で。


 でも、積極的だからと言って。

 必ず運命の場所に出会えるとは限らない。


 だから誰もが。

 優先順位を切り替える。


 結局のところ。

 心底理想を追い求めるやつでもない限り。


 最優先にするのは……。


「俺、この部のメンバーとボードゲームするから楽しいんだ」

「最初は興味なかったけど、みんなと登山するのおもしれえんだ」



 結局のところ。



 友情を取る。



 高校の部活動で。

 得るべきもの。


 一生打ち込める趣味。

 今しか目指せない栄光。

 そのまま仕事に結びつくもの。


 そんな言葉は。

 大人の押し付けで。


 俺たちにとって。

 一番大切なのは。


「……友達と一緒の空間ってわけか」

「そう……、だね」


 この学校。

 県下、有数の実力を誇る部活も数多く存在する。


 そこではきっと。

 切磋琢磨。

 毎日真剣に、勝利や成功を目指して。

 しのぎを削っているはずで。


 身近な所では、バスケ部とチア。

 あまりの厳しさにドロップアウトする連中もいる中。

 レギュラーも取れないのに必死に食らいつく人が何人もいるのを知っている。


 でも。

 それだけが部活の魅力かと問われれば。


 俺が準備した答えは……。


「そ、それじゃ皆さん揃って、部活探検同好会に入りませんか?」

「何でそうなる!?」


 一同からの爆笑をかっさらったというのに。

 笑われるなんて不本意だと言わんばかりの顔をしてるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「だ、だって、看板と違うことをしてもいいなら……」

「だからって合併してどうする」

「それじゃせめて……、部活の垣根を越えて交流すればいい……、かな?」


 無表情のままに。

 秋乃が口にした妙案。


 それまで大笑いしていた面々が。

 途端に目を大きく見開いた。


 お前、たまにやるよな。

 下らんこと言って注目集めてから。


 本題をずばっと切り出すの。


 ……部活の垣根、か。


「なるほど……。ワンゲルのメンバーでさ、たまにフットサルいかねえか?」


 それは、部の名称だったり。


「だったらサッカー部と勝負しようぜ」

「いいねえ!」


 部活間の交流だったり。


「よし、こっちも定期的にボードゲーム対決しようぜ!」

「マジック研に連絡取って、交流会したいって打診してみる」


 自分たちのやりたい事を。

 今の部のメンバーと一緒に。

 積極的に見つけてみよう。


 そんな風潮がにわかに生まれた。



 だが、無論。


 変化を望まない人もいて。

 みんなの有様を、眉根を寄せて眺めているんだが。


 彼らにも。

 ヒントをあげなきゃアンフェアだよな。


「……こら、秋乃。部活名と関係ねえことしちゃダメだろ」

「それは……、部活間交流については、部の活動外って事なんじゃないか、な?」

「じゃあ、参加するもしねえも自由ってことか?」

「部活の時間は、部活の内容に即したことをする……、じゃ、だめ?」


 なるほど、そりゃごもっとも。

 今まで盛り上がってた連中も。

 納得とばかりに大きく頷く。


 そして。


「舞浜ちゃん、すげえな!」

「いいこと言うじゃねえか、気に入ったぜ!」


 秋乃がさらに株をあげると。

 だれもが慌ててツバを付けようとする。


「うちの部に入れよ!」

「そうはいかねえ! こんな可愛い子取られてたまるか!」

「そう! おれも可愛いなあって思ってたんだ!」

「俺も!」

「よし、多数決を取ろう! 舞浜さんのどこが可愛いか!」


 ……いや、争奪戦どこ行ったんだよお前ら。

 ホワイトボードに体の部位と正の字書くんじゃねえ。


 いやだいやだって首振る女に。

 腕つねられる身にもなれ。



 そして馬鹿げた投票が終わって。

 盛大な拍手に祝福された結果を見て。


 俺は、思わず叫び声をあげることになる。




「膝あああああ!?」




 また。

 変態が。


 大量に増えたようだ。



 ……でも、そう言われて。

 ちらっと見ると。



 たしかに。


 かわ……。


「そ、そんなに見られると、変態の保坂君って呼びたくなる……」


 …………うん。


 可愛くねえ。



 俺は、言いたい事が言えるようになって。

 途端に騒がしくなった連中を放置して。


 なるべく秋乃の方を見ないようにしながら。

 とっとと帰ることにした。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「じゃあ、これじゃ上がっちゃいけないの?」

「それであがったら罰符を払うことになる」


 部活リストは話題の宝庫。

 秋乃は、次はどこを探検しようと眺めながら。


 麻雀愛好会の名を見つけて。

 俺にルールを問いただす。


 そして、俺が暇つぶしに遊ぶ携帯アプリの説明を眺めて。


 役を一つ一つ覚えつつ。

 急に、ぽつりとつぶやいた。


「もやもやを。もやもやのままにしないで、明らかに……、ね」

「ん? ……おお」

「私……、保坂君のシナリオに乗せられた?」

「考え過ぎだっての」


 秋空はすっかり彩度を失って。

 ともすれば気分を暗くさせるような色をしてるけど。


 俺たちは、晴れ晴れとした心地で。

 ススキのたなびく道を駅へと向かう。


 それぞれが抱える、もやもやとした気持ち。

 でもそれは。


 友達付き合いという言葉のフィルターに。

 気付けば包み隠されて埋もれていく。


 自分たちの不満を。

 もう一度明らかにして。


 今の環境を。

 より良い形に変化させるよう。

 積極的に動いてみようと煽る。


 それは、結果的に。

 今よりも悪い環境に身を置くことになる人が生まれるかもしれねえが。


 友達がそう望むならと。

 受け入れることが、きっとできるだろう。



 自然と、あるべき形に落ち着く。

 土は焼けるようにしか焼けないと。


 陶芸の先生は。

 そう言ったけど。


 でもそれは。

 受動の延長を意味する言葉ではないはずで。


 先生だって。

 闇雲に焼いているわけじゃなく。


 理想の色になるよう。

 粒粒辛苦りゅうりゅうしんく

 工夫に工夫を重ねた結果。

 思った通りの色には焼けないって意味に違いねえんだ。



 自分たちなりの。

 部活探検同好会。


 俺たちは。

 その一歩を踏み出すことが出来たんだろうか。



「……問題、解決できそう」



 秋乃は、いつもの言葉を口にするが。

 それはきっと。


「今日の事についてじゃないんだろ、それ?」


 きっと、正解だったんだろう。

 風に吹かれる長い髪を押さえたまま。

 空を見上げた秋乃の姿。



 ……俺は、そんなたった一人の友達が。


 何を考えているか。

 その件については推察もせず。


 ただ。


 赤みを帯びた秋乃の膝ばかり。

 ちらちらと視線を送り続けていた。

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