おりがみの日


 ~ 十一月十一日(水) おりがみの日 ~

 ※七重の膝を八重に折る

  最上級に丁寧にお願い中




 紅葉のように紅潮した頬。

 燃えるような熱い吐息。


 ウキウキが。

 ワクワクが。


「……はち切れそうだなお前」

「ど、どうしよう。興奮し過ぎて、泣きそう……」


 昨日に引き続き。

 とくに問題の無い部活の見学。


 好きな部活でいいよと。

 選ばせてみれば……。


「そこまで好きだったなんて」

「も、も一度お手洗い行って来る……」


 必要以上に緊張しながら。

 部室から出て行ったのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 そんな姿を苦笑いで見送る先輩方。

 ここは。


 折り紙部。


「……すいません。押し掛けておいてお待たせするなんて」

「いいのよ、別に」

「気にしないでいいさ。それより……」

「こっちが言うのもなんだけど、折り紙だよ?」

「大興奮みたいです」


 言ってくれれば。

 俺でも教えてやれたんだが。


 部活にしてるほどの皆さんから教わる方が、より良かろう。


 ようやく戻って来た秋乃が。

 改めて、部の皆さんに。


 七重の膝を八重に折るほど。

 何度も、深々と頭を下げる。


 そして始まった折り紙教室。

 秋乃は、ぷるぷる震える手で。


 興奮しながら。

 千代紙を折る。


 その姿を見た先輩たち。

 同級生の皆も。


 まるで子供に教えるお年寄り。

 幸せそうな笑顔で見守っているんだが。



 さすがに。

 恥ずかしくなってきた。



 そんな孫娘がようやくこさえた折り鶴は。

 お世辞にも綺麗と呼べる品じゃあなかったんだが。


「初めてにしては綺麗な鶴よ?」

「震える手でよく折れたな。上出来」


 しょんぼりしてた秋乃も。

 皆さんに褒められて。


 機嫌を良くして。

 次の千代紙を手にする。


「も、もっといろんなものを、教わりたいです……」

「そんな大したこと教えてるわけじゃないのに、緊張し過ぎだから」

「うん、気楽にして欲しいわ。……そうだ。なにか、折れるものある?」

「な、七重の膝なら……」

「だから気楽にしろっての」


 そこまで平身低頭。

 ご教示お願いしたいんかい。


 狙っているのやらいないのやら。

 笑いと人気を独り占めにした秋乃は。


 それでもようやく落ち着くと。

 鶴をおさらいし始めた。


「そうそう。あらかじめ折り目を付けて……、そう」

「なんか可愛いわね、舞浜さん」


 先輩が。

 小動物を愛でるような表情で。

 そんなことを呟くと。

 

「そうなんですよ! 一年生男子の間じゃ有名なんです!」


 他のクラスの同級生が。

 凄い勢いで食いついてきた。


「あら? それでいつもよりおしゃれな髪してるの?」

「ちっ、違いますよ! 昨日たまたま床屋に行っただけです!」


 ……秋乃は、有名だ。


 理系教科の天才だし。

 変わり者だし。


 でも、それ以上に。

 もっとわかりやすい理由。



 綺麗だから。



 その事実を、俺は。

 部活探検し始めてから。


 やたらと痛感してる。


「そう言えば、二年の男子コンビも、いつもよりおしゃれにしてるわよね?」

「いつも通りだよ!」

「やめねえか、気持ち悪いって思われるだろ」


 やれやれ。

 困ったな。


 世間の目にさらすことなく。

 隠しておきたい。


 そんな気持ちになっちまう。


 親じゃねえけど。

 箱入り娘にしたい気分だ。


 ……そんな俺に。

 タイムリーな品が渡される。


「箱、折れた」

「お、おお」


 赤い千代紙二枚で折った。

 小物をしまう蓋つきの箱。


 まさかここにしまっておくわけにはいかねえよな。


 俺は苦笑いしながら。

 蓋を開け閉めする。


 鶴よりはいい出来。

 ようやくリラックスし始めたんだろう。


 でも、打ち解ければ打ち解けるほど。

 不安になっちまう。


 やっぱ、箱に入れとこうか。

 これだから人気者は面倒だ。


「はい。パンダ、折れた」

「…………人気者、だな」


 偶然過ぎてびっくりした。


 ひょっとして。

 俺の考えてること読んでる?


 あり得ない話だが。

 もしそんなことできたら最悪だ。


 やきもち焼いてるのが。

 ばれちまう。


 ……なんだか恥ずかしいな。

 耳まで赤くなってるのが自分でもわかる。


「はい、リンゴ」

「わざと?」

「ううん? ……え? 折ってほしいものが当たってた?」

「あ、えっと……、うん」

「じゃあ、次も当てる……」


 そう言いながら。

 新しい千代紙を手にした秋乃。


 たまに、信じがたいことをするこいつだから。

 ほんとに俺の心を読んでるような気がしてきちまった。


 半年以上。

 毎日一緒にいる俺たちだ。


 ひょっとしたら。

 以心伝心になっているのかも。



 ……いや。

 そんなことは有り得ねえ。


 だったら、試しに。

 突拍子もないことを考えてみよう。


 例えば…………。



 例えば。



 結婚とか、もう意識してるのか?



「……折れた」

「え!?」


 心臓が跳ね上がる。

 そんなタイミングで声をかけられた。


 まさか、本当に俺の考えていることが聞こえてる?

 ならば、結婚についての返事は……。

 

「……なにそれ」

「サギ」

「うはははははははははははは!!!」


 いや。

 下手くそなのを笑ったんじゃねえ。


 だから。


 俺を箱に詰めようとすんな。

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