119番の日
~ 十一月九日(月) 119番の日 ~
※
俗世間、三次元世界には存在しない理想郷のこと。
……二次元にはある。
ケセラセラ。
人生、なるようにしかならないんだから。
思い悩まず日々を一生懸命。
楽しく過ごそう。
似たような言葉は世界中にあるが。
これはどうにも。
俺たち若いもんって世代には刺さらない。
なすがままにせず。
自分の力で。
自分の居場所を勝ち取るものなんじゃなかろうか。
「……なあ、自然の成り行きで落ち着くところに落ち着くって言ってもさ。それが最良の場所って訳じゃない事だってあるんだろ?」
「お前さんは、
「ベストじゃなくて、モアベターって話」
「……ふむ」
数少ない知り合いの内。
本件について、もっとも信頼できる先生は。
ろくろを回しながら。
それきりしゃべらなくなった。
仕事の邪魔をするわけにもいかねえし。
一息つくまで待つか。
じゃあ、それまで何をやっていよう。
なーんて考えるのは。
まあ。
当然の流れとは思うが。
「…………おまえ」
先生の隣に腰かけて。
粘土をろくろに乗せる女。
大好きな体験型学習に関しては。
驚くほどの積極性を見せるこいつが。
ろくろ見て
粘土見て。
黙ってるわけねえよな。
「…………その土だって、タダじゃねえんだから」
「と、陶芸教室、お支払い……」
「そんな安いわけねえだろ」
あぐらをかいた先生の。
ひざ下あたりに五百円。
「今から始めたら焼き上がりが期末テストにぶち当たるからダメだ」
「そ、そんなにかかるの……?」
そう言いながら。
粘土をこねこね。
お前、やめる気ねえんかい。
……先生が何か言わねえと。
秋乃は止まりそうもねえんだが。
この
馬が勝手に湖に逃げても。
放っておく気まんまんだ。
「どうなっても知らねえぞ」
俺の独白が。
聞こえているのやらいないのやら。
先生は、ろくろを回して。
なにかを作って。
そのお隣りでは。
秋乃がろくろも回さず。
なにか分からないものを作ってる。
「…………なにそれ」
さすがに、先生も作業を止めて。
秋乃の手元をじっと見ながら。
腕前を評価した。
「土の扱いについては才能あるな。なに作ってるんだ?」
「光線銃……」
「ぶふっ!? がははははははははははは!!!」
「お前は。自分で何言ってるか分かってる?」
「も、もちろんまだ実現しないけど……。レーザーの発振機構と動力装置がここまで小型化できない……」
「そういう話じゃなく」
「がははははははははははは!!!」
今日はもう、仕事する気が失せたと。
手を洗って戻って来た先生が。
五百円玉を拾いながら。
それ焼いてみるかと言い出した。
「なんだよ。乾かさなくてもいいのか?」
「売りもんじゃねえんだ、構わんだろ。それにしても、お嬢様先生は天才だな。俺も初心思い出して、動物とか焼こうかな」
「つ、土がこうなりたいって囁いた気がする……」
「こら秋乃。天才肌っぽいこと適当に言うんじゃねえ」
大笑いしっぱなしの先生が。
細かい模様を爪で描き始めたお嬢様に。
木べらを渡して。
光線銃の完成をじっと待つ。
やれやれ。
この工作につきあわにゃならんのか俺は。
「しっかし、光線銃ねえ」
「人類の夢……」
夢って程のものか?
そもそも……。
「大昔に実現してるっての」
「え? うそ?」
「銃とは違うが、アルキメデスが光線でローマの船を焼いてる」
「ほんと?」
「そうなのか?」
「紀元前二百十二年頃、でかい鏡を何枚も使ってさ、太陽光集めて焼き払ったんだ」
「すごい……」
「すげえなアルキメデス。あと、それを知ってるお前さんも」
先生は。
あごひげをシャリシャリ撫でながら。
俺をおだてるんだが。
「別に俺は凄かねえだろ」
「いいや? 知らんことを教わるのは幸福だ。そんな幸福をくれるやつは、凄い」
「そう……、か?」
いや、やっぱり極端だろう。
誰だって自分の知らない何かについては詳しいもんだ。
先生の理屈だと。
全国民が、お互いを偉いって感じることになっちまう。
「お前さんは、なんで陶芸やってみたいんだ?」
そして急に。
先生は、秋乃の粘土遊びに目を細めつつ。
俺に問いかける。
「……なんとなく、面白そうだから」
「その、自分の知らない陶芸ってものを教えてくれる相手だから、俺のことを『先生』って呼ぶんだろ?」
「そうなる、かな」
「だったら、お前さんだってこいつだって、俺の先生だ」
納得いくような。
いかないような。
そんな言葉を残しながら。
出来上がった光線銃を窯に運んでいくおっさん。
手を洗って戻って来た秋乃が。
そんな作務衣の背中を見つめながら。
「素敵な先生……、ね? お話聞いてるだけで、楽しい」
そんなことを呟くんだが。
素敵かなあ。
よく分からん。
でも。
「やっぱり、大人から教えてもらう事、たくさんあるもんだな」
「うん。……たつ、保坂君のお父様からも、教わった」
「ん? 親父から?」
なにを教わったんだと。
問いかけるよりも先に。
窯に薪を入れ始めた先生を見守りながら。
携帯でどこかに電話祖する秋乃。
「もしもし、消防署ですか? これから火起こしをするので、消防車を一台出動させていただきたいのですが……」
「頭のおかしい子っ!!!」
慌てて携帯横取りして。
丁寧に謝罪して急いで切る。
「このおバカ! 本当に必要な場所に間に合わなくなったらどうする気だお前!」
「で、でも。この間、消防署に電話かけてたおじさまに教わった……」
「なにを!」
「焚火をするときは、消防車を呼んでおくんだって……」
「あいつの大人ジョークをいちいち信じるな!」
グランピングした夜か。
下らんウソつきやがって……。
「大人ジョーク?」
「どういうわけか下らんウソを子供につきたがる大人がこの世にはたくさんいるんだよ。あいつはその典型だ」
「でもおじ様、メンマが割りばしから作れるって教えてくれたほど博識……」
「それもウソだ!」
凜々花は空飛びたいからって。
小遣いはたいてウナギ買ってきたことあるんだぞ?
全部あいつのせいだ。
「……じゃあ、先生もウソをつくの?」
「このおっさんは、そういうことしねえから安心しろ」
さっきの五百円。
さりげなく秋乃のカバンに戻すようなやつだ。
一応信頼できる。
俺が太鼓判を押すと。
どういう訳か、秋乃は小さな握りこぶしを作って。
「部活探検同好会として、問題を解決しないと……」
いつものセリフを口にするんだが。
「それ、どういう意味だ?」
「私が解決したい問題は……、ね?」
秋乃がそこまで言った所で。
先生の声が邪魔をする。
「おいお前ら! 火起こしするのに拳銃使うから、ちょっと耳塞いでろ!」
そんな下らんウソをつくおっさんの手に。
拳銃型のライター。
「せ、先生、何者……!?」
「ふっ……。昔、ちょっと……、な」
「保坂君! 先生、正義の味方かも……!」
いや。
こいつは。
「なあ先生。どうして地球は丸いのに、みんな真っすぐ立っていられるんだ?」
「真っすぐなのは日本だけだよ。ハワイに行った時大変だったんだぜ? 太平洋の水が超流れてくるんだ」
こいつは、まごうこと無き。
ただのおっさんだ。
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