お見合い記念日


 ~ 十一月六日(金) お見合い記念日 ~

 ※危言覈論きげんかくろん

  激しく議論する




 時間は一定に。

 無限に続く。


 そう信じて疑わないのは。

 傲慢だからなのだろうか。

 蒙昧だからなのだろうか。


 線の世界に生きる者は。

 線はどこまでもまっすぐに続くことが不変の真理。


 でもそれは、面の世界でぐにゃぐにゃに歪められ。

 さらに面の世界の定理も、三次元の世界では破綻する。



 人はいつか。

 次元を越えることができるのだろうか。


 四次元へ飛び出して。

 時間の枷から解放される日が来るのだろうか。



 ……まあ。

 それよりも三十円だ。



「明日返すから」

「貸さない……」

「一番安いコロッケパン。七十円するんだってば」

「友達とお金の貸し借りしないのは常識……」


 おっしゃる通りだが。

 ふくれっ面で正論吐きなさんな。


 財布も弁当も忘れて。

 すきっ腹を抱えた俺を放置するのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今日は、楽しみにしていたおかずを食えなかったせいで。

 ご立腹なようだ。


「今度作って来てやるから。大和煮」

「せっかく、ご飯を戦艦の形によそってきたのに……」

「うはははははははははははは!!! あれ、見事だったな!」

「一時間かかった」

「悪かったよ。だから三十円」

「貸さない」



 ……二人で話し合って。

 出した結論。


 時間は無限に続くが。

 高校生でいられる時間は決まっているという事。


 それなり覚悟を決めて。

 顔を出した化学部。


 扉を開くなり。

 連想された単語は。


「…………婚活パーティー?」

「お見合いみたい……」


 ガチ研究家と。

 マジックショー家。


 テーブルを挟んで。

 和気あいあい。


 代表者がそれぞれ中央に座ってるもんだから。


「時代の最先端だな、男同士のお見合いとか」

「誰がお見合いだ」

「敵だ、敵」


 先輩方は。

 お互いを指さして。


 楽しそうな雰囲気とは裏腹に。

 真剣なディベートを再開する。


「だから、それはショーとして面白いかもしれねえけど。小学生でも知ってるような実験やっても面白くねえって言ってんだ」

「いやいや! 実験ならなんでも面白いって! フェノールフタレインでいいじゃねえの!」

「俺たちは高度な実験してえんだ」

「ショーに結び付かねえ実験は却下だ!」


 あれ?


 危言覈論きげんかくろん

 話してる内容は前回と一緒なのに。


 なんでこんなに雰囲気が違うんだ?


 目を見開いて。

 楽しそうに討論する様子を眺めていると。


 拓海くんが手を振って。

 俺たちの元に寄ってきた。


「お前らがひっかきまわしてくれたおかげで、すげえいい部になったぜ!」

「え?」


 俺の肩をバンバンたたいて。

 秋乃と握手して。


 まるで会社の上司気取りな拓海くん。


 俺たちのおかげって。

 どういうことだ?


「お互いにやりたい事を話し合うのが面白くてさ。それぞれから一人代表が出て、二人のプレゼンを聞いたみんなが……」

「多数決するのか?」

「いや? やりたい方に参加する」


 おお。

 それは凄い解決策だな。


 暫定的に、派閥って呼び名は残るんだろうけど。


 どっちに属していても。

 どっちの活動もできる。


「今日の実験とショーの練習、どっちも面白そうだから両方参加するぜ、俺」

「そんなのも可能なのか」

「ルールなんて無いよ。とは言え実験は次回持ち越しになりそうだがな」

「……ほんとだ。いつの間に」


 話しているうちに。

 たいして面白い実験に思えなくなってきたと。


 ガチ研究派が折れ始め。

 マジックショー派が完全勝利するかと思った次の瞬間。


「血を検知できても、たいして面白くねえよな……」

「え? フェノールフタレインで血液検出できるの?」

「知らんのか? 血液拭いた所に順番に試薬たらせばピンクに浮かび上がるんだぜ?」

「まじか、やってみてえ!」


 代表の裏切り行為により。

 逆転ホームラン。


 マジックショー派のみんなが。

 笑いながら文句を言っているが。


 今日の活動は。

 カスル・マイヤー試験になりそうだ。


「……いい、ね?」

「ヘモグロビン判定、お前もやりてえのか?」

「そうじゃなくて……」


 ああ、そうだな。

 いい部になったな。


 誰もが無理せず。

 百パーセントやりたいように。


 そんな世界は。

 三次元には存在しないのかもしれないけど。


 これならストレスにならない程度の我慢で。

 みんながうまくやっていけるんじゃなかろうか。



 ……でも。

 そうなった場合。


 俺たちが出した結論。

 宙ぶらりん。


 好きなことをやらないと。

 高校三年間がもったいない。


 だから二つの部に分かれるべきだと。

 そう言おうと思って来たのにな。



 秋乃も、俺を見上げて。

 肩をすくめながら苦笑い。


「まあいいか。一番大きな問題が片付いたな」


 俺は、重荷が一つ無くなった心地で。

 肩をぐるりと回したんだが。


 こいつはどういう訳か。

 首を左右に振ったかと思うと。


「部活探検同好会として、問題を解決したかったのに……」

「前にも言ってたよな、それ。俺たちが提案して問題解決したかったってことか?」

「こ、この問題じゃなく……」


 この問題じゃなければ。

 何の問題なんだよ。


 俺は、問い詰めようとしたんだが。

 化学部の面々からかけられた声のせいで止められた。


「舞浜ちゃん! 化学部入らねえか? マジックショー派に!」

「いいや! ガチの実験やりたいんだよな? ぜひこっちに!」


 問題がなくなった途端。

 欲が顔を出す。


 人間の欲求ってもんは。

 次元を越えても。


 きっと永遠に続くんだろう。



 ……あっという間に人気者。

 でも、どう断ったらいいのか分からないんだろうな。


 秋乃はこそこそ俺の背中に隠れると。

 小さな声でささやいた。


「ど、どっちの派閥も、興味ある……」


 え?

 ウソだろお前?



 散々話して。

 やっとたどり着いた結論。


 やりたい事を。

 思う存分やればいい。


 そんな言葉が。

 こいつに変化をもたらしたとしたら。



 これは。

 またひとつ問題が増えたってことか?



「おい保坂! お前からも勧めてくれ!」

「保坂君! こっちに勧めてくれ!」


 そして両派閥から。

 ワイロが渡されたんだが。


 右の手と左の手。

 開いてみれば。


 どちらも。

 『10』と書かれた銅貨が一枚。



「十円足りねえ!!!」



 俺は叫び声をあげると同時に。

 盛大に腹を鳴らした。

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