いい男の日
~ 十一月五日(木) いい男の日 ~
※
灯火に親しむこと。
あるいは秋の夜長は読書に最適ってこと。
家に帰って来て。
それから遊ぶ。
子供だって大人だって。
当たり前のことかもしれねえが。
でもそれは。
一人か、あるいは家族が相手なわけであって。
「……平日に家族以外の人と遊ぶってのは、子供のうちしかできねえのか?」
「んなことねえよ。ママ、東京にいたときはお酒飲んで楽しかったーって帰って来てたじゃん」
「ああ、そうか」
でも、なんか。
お酒を飲んで帰るってのは。
遊ぶのと違うような気がする。
「……大学入ったとして、友達ができるとは限らんしな」
ようやく友達ができたんだ。
今しかできねえことをやっておかないと。
後悔することになるかも。
そんなことを考えながら。
俺は、割りばしにナイフを入れる。
……真ん中あたりから先端に向けて。
細くまっすぐ削っていくと。
削り出された部分がくるっと丸まって……。
「おお! おにい、なにそのヒガンバナ!」
先端でナイフを止めて。
角度を変えてくるくるをいくつも作れば。
凜々花の言う通り。
まるで彼岸花のような。
フェザースティックの完成だ。
「こいつがあれば簡単に火が点くんだ」
「え? 凜々花、おにいが木の棒ぐりぐり回して火ぃ点けっとこ見たかったのに」
いやいや。
お前、なに期待しちゃってんの?
あれ、めちゃくちゃ大変だって聞くし。
どうやって誤魔化そう。
「…………凜々花。お前は騙されてる」
「へ?」
「あれで火が点いたら、コマ回しするだけで家が炎上するだろ?」
「はっ!? そ、そうか……。凜々花、マスメディアに踊らされてた……」
「そうだな。でもせっかく屋外だから、平安時代にやってた火起こしを見せてやる」
「おお! 平安時代のキャンプを再現すんのか! すげー!」
「平安時代のグランピングだ」
「すげー!」
俺は厳かな仕草で。
フェザースティックにライターで火を点けると。
すげーすげーと喜ぶ凜々花の後方で。
苦笑いしてる二人の姿が見えたから。
口に一本。
指を当てた。
あっという間に炎を巻き上げるフェザースティック。
そこに、どばっと細かい薪を覆いかぶせて。
そいつらが燃えだした炎の上に。
もうちょい太い薪を乗っけていく。
「…………やべえ。すげえ気持ち分かる」
「何の気持ちが?」
「平安時代の放火魔」
「いたのかなあ、平安時代にも」
傾いた日の光に淡く照らされた駐車場に。
火起こし台を設置して。
その上に、ようやく焚火らしい炎が上がると。
「……おお。あたたかい」
「近くに座れよ、春姫ちゃん」
「ひ、火起こしできたんだ……。へん、保坂君」
昨日から、丸一日。
変態と呼び続けていた。
ようやく二文字に減って。
人心地。
「ねえ。なんでおにい、凜々花の舞浜ちゃんに『変』って呼ばれてるのん?」
「しまった。重要な二文字が残ってたんだな」
今気づいたが。
へ、保坂くんも相当まずい。
あだ名禁止の学校も増えてるんだ。
いじめに結びつく呼び方はやめて欲しい。
「お? はじまったね。食材買って来たよ?」
焚火台を囲むように。
ファイアープレイステーブルを上からかぶせていると。
親父が飲み物と食い物が詰まったエコバッグを抱えて買い出しから帰って来た。
ローテーブルを組んで、エコバッグを置いて。
ファイアープレイステーブルにはランチョンマットとお皿とトング。
「ほ、本格的……、ね?」
「……人の目が気になるが」
言われてみれば。
通りかかる人も、ワンコ・バーガーの店内からも。
やたら注目されてるな。
「まあ、気にしねえ気にしねえ。とは言え秋乃は、ちょっとは気にしろ」
「え? 何を?」
「ローテーブルに合わせてローチェアーにしたのは悪かったけど。お前、そのスカート」
「お部屋着……」
俺に言われて。
裾を引っ張ったりしてるけど。
どんだけ短いスカートはいて来てるんだよ。
キャンピングチェアーって。
身体が潜るようにできてるから。
膝がしらが上がって。
見えそうで困る。
「あはは。秋乃ちゃん、足長いねえ」
「こら、くそ親父。いやらしい目で見るな」
「そういうこと言わないでよ!? ち、違うからね、秋乃ちゃん!」
そういうもこういうも。
見てたことに変わりはねえだろう。
あいにく、ブランケットはねえから。
隠す手段と言えば……。
「しょうがねえな」
この間の再現。
俺が上着をかけてやると。
「はい」
「ありがとう舞浜ちゃん! ちっと寒かったんだよね~!」
旅人は、コートを。
北風にさらされて寒がる太陽にかけちまった。
……その動作で、必然的に目に入る。
めちゃめちゃ長い真っ白な足。
連日、煽られてたせいで。
しかもいやらしい目で見るなとか自分で言ったせいで。
なんというか。
目が離せない。
「……立哉さん。好意は紳士な心と共に表に出すもの。でなければ、タダの獣」
「誰が獣だ! ……ああ、引っ張んな引っ張んな。見ねえから」
目の保養は我慢して。
焼き物の準備だ。
親父が、消防署に焚火の連絡してる間に。
網を火にかけて。
「えっと……。ろくなもんねえな」
バッグから出した食材のうち。
ようやくまともないかめしを。
網の上に乗せた。
「……何というか、高級感が無いチョイスだな」
「そう言うな。せめてトークで楽しませてやるから」
「……ほう? では、お手並み拝見」
「いかめしは、厳めしい」
「ぷふっ!? ……くっ、ふふっ……」
「イカはいかん?」
「ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ!」
ふっ。
ダジャレがつぼな春姫ちゃんを楽しませることなど造作もねえ。
だが、これをやると。
「…………低俗」
「どうしてダジャレに関しては辛辣なんだよお前は」
秋乃が不機嫌になるんだよな。
「電話も済ませたし、バケツに水も張ってあるね……。じゃあ、いろいろ買って来たから楽しんでね!」
よし、毒を食らわば皿まで。
へらへら笑いながら近づいてきた親父の腕を掴んで。
「おじさんを持参」
「ふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉ!」
ムッとしていた秋乃も。
春姫ちゃんが楽しそうにしているのを見て。
ようやく相好を崩す。
押し売り作戦大成功だ。
「ふう。……へん、保坂君。他には何があるの?」
「なんだか、酒のつまみみてえなもんばっかりだな」
「そうかな? 結構いいチョイスだと思うんだけど……」
いや、とばの真空パック持ち上げながら言われてもな。
こいつに任せたのが失敗だった。
「スイーツ、とか」
「ねえな……。焚火で食べてえものあったのか? 今から買って来れるもんなら、親父に買って来さすけど」
「焚火にぴったりで、簡単なスイーツ、あるよ?」
「へえ? なに?」
すると秋乃は。
俺がくべる薪を指差しながら。
「ブッシュドノエル」
「うはははははははははははは!!! 網に乗せた瞬間ドロドロ!」
くそう、俺ばっかり笑ってる場合じゃねえ。
お前のことも笑わせねえと。
こいつの家、親父さんが東京にいるせいで。
アウトドア的なレジャーから縁遠いみてえだしな。
今日は。
お前たち姉妹に。
たくさん笑って欲しいんだ。
「ねえ、おにい。なんでキャンプごっこ?」
そして急にぶっこんで来るね。
お前、俺の心を読んでたのか?
さて。
なんて言って誤魔化そう。
「……この間、学校でやって貰ってさ。座ってる側だったから、俺がやってみたくなったんだ」
「ふーん。じゃあ今日は楽しい?」
「そりゃもう」
「おにいが楽しかったんならいっか! 凜々花はいまいちだけど!」
「そうなのか!?」
愕然としたが。
そんな凜々花が。
秋乃と春姫ちゃんにまとわりついて。
三人で笑ってる姿を見ると。
なんとなく。
ほっとした。
「……よし。じゃあ、メインディッシュ焼くぞ!」
「待ってました! 肉? A5!?」
「もちろん、A5だ!」
「うおおおおおおおおお!」
そして俺が。
特売サーロインを焼く前に。
A5のコピー用紙を焼くと。
「きゃははははは!」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ!」
「あはははははは!」
三人娘が。
楽しそうに笑ってくれた。
……ああ。
ひょっとして。
部活の答えって。
これなのかもしれねえな。
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