サンドウィッチの日


 ~ 十一月三日(火祝)

  サンドウィッチの日 ~

 初恋草の花言葉 約束を守る




「ちょっとガタが来ているのです」


 おじさんとの思い出の品。

 使い古したバーベキュー台に。


 今日は炭ではなく。

 薪で火おこし。


 寒波到来。

 秋も終盤。


 鈍色を見上げて吐く息は。

 まだ空を白く染めるには至りませんが。


 それでも。

 寒い寒い。



 ……さて。



 俺は約束を守ってあげたのです。


 だというのに。

 どうしてサッシ越し?


 目と鼻の先で。

 携帯でしゃべりなさんな。


「…………出て来なさいな」

『嫌に決まってるの』

「やりたいというから寒い中わざわざ準備したのに」

『だって。この寒いのにバーベキューするなんてどうかしてるの』


 この人。

 まさか内容も知らずにグランピングしたいと言っていたとは。


「どうかしてるも何も。全部プロにお任せのキャンプ体験がグランピングです」

『ウソつきなの。おしゃれに夜景見てシャンパングラス傾けてる後ろでシェフがライブクッキングしてくれるのがグランピングなの』

「それでシャンメリー抱えてふくれっ面なさっているのですね」


 都会では随分セレブな遊びと聞きますが。

 同じ金額で体がすっぽり潜り切ってしまうベッドで寝ることができるのに。 


 どうして好き好んで。

 テントにシュラフで寝るのでしょう。


「……火のおかげでそんなに寒くないですよ」

『ほんと? じゃ、しょうがないから騙されてあげるの』


 ようやく天岩戸をカラカラ開けて。

 スリッパをつっかけて椅子にボフン。


 膝にブランケットをかけてやると。

 無言のまま手を出すこの人に。


 俺の分のブランケットも。

 上着も押収されました。


「その、ノンアルコールのシャンパン飲むのですか?」

「この寒いのにどうかしてるの。玄米茶淹れるの」


 キャンプ用のテーブルに。

 ずらりと並べた野外調理具。


 それを放置して、裏口からお邪魔して。

 キッチンのポットでお茶を淹れて。


 湯のみを持って戻ってみると。


「……バーベキュー感、ゼロ」


 この人、チキンソテー用の鶏肉を一口大に切って。

 焼き鳥こさえてました。


「七味取って来るの」

「はいはい」


 そして再び目を離すと。

 パプリカに詰めて焼く予定だったリゾット用の御飯を茶碗によそって。


「味噌取って来るの」

「はいはい」


 パプリカと玉ねぎは。

 味噌汁の具にされてお椀の中。



 焼き鳥定食の完成です。

 


「……これがグランピングなの?」

「定義云々はさておき、君にグランピングは十年早いようです」

「はっ!? 分かったの!」

「どうせ分かっていないのでしょうけど伺いましょうか」

「グランピングってカタカナだから、洋風にしないと!」


 そしてスキレットでご飯を平べったく焼いて。

 焼き鳥を挟んでライスサンドにして。


 味噌汁を、平皿にどぼどぼ移して。

 ナイフとフォークを並べられました。


「……っぽくなったの」

「っぽいですかねえ?」


 文句はあれど。

 突っ込む気も失せました。


 放っておけば冷めてしまいます。

 とっとといただきましょう。



 風がかさかさと硬い音を奏でる狭い庭に。

 薪が負けじと硬い音を上げます。


 冷たい硬さと。

 あたたかい硬さ。


 氷属性と炎属性の。

 剣と剣とのつばぜり合い。


「……焼き鳥、手軽で美味しいからメニューに加えようと思うの」

「でも、寒くなったらお店閉めるのですよね?」


 この辺、冬は寒くなりますし。

 屋外レストランは無理でしょう。


「冬の間は、あたしん家で……」

「ダメなのです。営業許可とか」

「だって、おばあちゃんたちと約束しちったの」


 近所の寄合場。

 君のお店は。

 そんな役にも立っているのでしたね。


 しょげるこいつのために。

 俺が出来る事。


 それは……。


「じゃあ、こんなのとかどうでしょう」

「この焚火?」

「まさにグランピングなのです」


 焚火を囲んで。

 お食事とお話。


 薪は大量に必要ですけど。

 端材とか、調達しやすいですし。


「……いいアイデアなの」

「部活探検同好会の経験が役に立ちました」

「そうなの?」

「登山部が、部員が集まらなくて困っていたの、覚えてませんか?」


 校庭でのキャンプ体験。

 あるいは気軽にハイキング。


 部活の名前もワンダーフォーゲル部と改めさせて。

 気楽な部として、部員確保のお手伝いをしたじゃありませんか。


「焚火台を囲んだお茶会開いたら、その場で何人も入部して」

「よく覚えてないけど……、部活探検同好会は面白かったの」

「そうですね。いい思い出です」

「別荘に集まって、会則書いたの」

「別荘? 保坂さんが引っ越してくる前?」

「…………あれ、どこやったの?」


 知りませんよ。

 ひょっとして、今も保坂さんのお宅にある?


「保坂さん、お嬢さん連れてよくお花屋に来ますし。今度それとなく聞いてみましょう」

「そうすると良いの。あれ、大事なことが書いてあるの」

「なんて書いたのです?」

「覚えてないの」

「大事なことなら忘れちゃダメなのです」


 ニワトリすら驚く記憶力。

 そんなこいつが、美味しそうに鶏肉を頬張ると。


「……保坂さん? どなた?」


 今更首をひねるのです。


「ウソですよね。妹さんとあなた、仲良しじゃないですか。それにお兄さんのこと、俺の後継者だとか話してましたよね?」

「名前なんか知らないの」


 呆れた。

 どうして君はそうなのです。


「でも、元気な妹ちゃんと約束したのは覚えてるの」

「なにをです?」


 そしてこいつが平皿を持ち上げて。

 味噌汁を飲み干している間。

 たっぷり三十秒ほど待っていたのですが。


「…………ぷはあ」

「何を約束したのです」

「約束したことは、覚えてるの」

「…………内容忘れたってことですか!?」


 こいつと何かを約束する時は。

 カメラを回そう。


 そう決めることになった昼下がり。

 空を見上げれば。


 鳥の群れが、南を目指して羽ばたいていくのでした。




 ……鳥だって。

 帰り道くらい覚えていますよ。

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